2016年9月号(第62巻9号)

〇台風が去ったといっても、雨模様がまた続く。この時期に訪れる前線は同じ位置に長く停滞するために、来る日も来る日もいつ雨が降ってもおかしくないような天気が続く。この時期の雨は「秋の長雨」と呼ばれ、また「秋霖(しゅうりん)」ともいうが、「霖」の訓読みは「ながあめ」であるので、同じ秋の長雨の意味である。
季節の変わり目にはよく雨が降る。春から夏を迎える間にも長雨の時期があり、春の長雨と呼ばれる。早春から本格的な梅雨を迎えるまでの間に降る雨には、3月下~4月上旬の長雨に「菜種梅雨」、5月頃の湿気や雨を伴う南風に「筍梅雨」、5月中~下旬の長雨に「卯の花くだし(くたし、ぐたし)」の名が付けられ区別されている。「卯の花くだし」の「くだし」は「腐し」と書き、卯の花を腐らせるほどの長雨という意味である。「卯の花」というと食い意地がはった私は「おから」を想像するが、清楚な真っ白い花を卯月に咲かせる空木(うつぎ)の花のことである。長雨の鬱陶しさにも植物の名を付けて、遷りゆく季節を楽しむ、日本人の素敵なところである。勿論秋の長雨にもちゃんと「すすき梅雨」の名が付けられている。
〇秋の長雨に季節の遷り変わりを感じながらも、この不安定な天候を恨めしく思う秋の一日がある。それはお月見の晩である。唐代以降民間で盛んに行われていた中国でいう「中秋節」がわが国に伝わり、平安時代に編纂された歴史書「日本紀略」によれば、醍醐天皇の時代、延喜9年(909)旧暦8月15日に初めて月見の会が催されている。
この頃のお月見は、月明りの下で詩歌や管絃(管弦)の催しがあったまでで、今のように月に供え物をするようになったのは室町後期になってからだそうである。
供え物は団子や里芋、栗、枝豆、柿などの食べ物とすすきや秋草で、その時期に採れる野菜や果物を供えて豊作を祝い月に感謝を捧げるものとなった。
〇月見には旧暦8月15日の「名月」に加え、旧暦9月13日に行われる「あとの名月」があり、後者は「十三夜」と呼ばれる。「十三夜」は日本特有の風習であり、延喜19年(919)に宇多法皇によって初めて月見の宴が催されたとされている。
「中秋の名月」と「十三夜」とをあわせて「二夜(ふたよ)の月」という。狛犬(こまいぬ)や皿に乗った寿司など、左右対称に並んだものを好み縁起がよいとする日本人であるからか、どちらか一方にだけにお月見をするのは「片見月(片月見)」といって縁起が悪く、忌み嫌われているそうである。
今年の十三夜は来月の13日。満月には満たない少し欠けた月を眺めて、これから少しずつ満ちていく月に、叶いそうで叶わない夢が叶うよう願い事をしてみるのも良いのかも知れない。

(大森圭子)