2016年6月号(第62巻6号)

ヤマビルと裸の出会い

東海大学医学部 基盤診療学系臨床検査学 教授
宮地 勇人

小生の近所(神奈川県)の公園には、必ず「ヤマビル注意」の看板がある。吸血性のヤマビルは、シカ、サル、イノシシなど山からの動物が人里に運んでくる。ヤマビルに吸い付かれた場合、引っ張っても離れない。塩をかけると良い。このため、退治用に塩の袋を配備した「注意」の看板もある。ヤマビルは、名称には馴染みがあるものの、実際には見たことが無かった。
本物との出会いは衝撃的であった。両親の希望で、近くの山あいの温泉旅館に宿泊した時のことである。温泉は、旅館の離れにあった。湯船と浴場は趣むきあるヒノキ作りで、溢れたお湯が取り囲む木枠を乗り越えて浴場内へと優雅に流れ出ていた。温泉を1人で独占できる!さあ、手足を伸ばしてお湯に身を任せよう!湯船につかった瞬間、情緒ある雰囲気が一変した。お湯が溢れ流れる木枠の上に、数センチの細長い茶褐色の虫が目に入った。直立して上側を左右にリズミカルに振り、メトロノームのような動きをしていた。これが吸血性のヤマビルだ!と本能的に察した。ぬめぬめした異様な形と不気味な動きに嫌悪感を感じる。「人間が最も不快と感じる動物の一つ」と表現される。初めての出会いが、運悪く裸である!吸血の攻撃に全く無防備な姿である。目と鼻の先に、溢れ出る湯を楽しむように反復運動するメトロノームと睨めっこしながら対峙した。こちらは湯を楽しむ余裕などなく、ゾクゾク、ドキドキである。遠巻きにして湯船から脱出した。ヤマビルと実に気味悪く対面し、時間と空間を共有した。スリルな体験に続き、夕食では、シシ鍋など山の幸を味わった。様々な意味で、自然豊かな山あいの温泉旅館の醍醐味を経験した。
近年、ヤマビルの生息地の拡大、人里での出現が言われるようになった。ヤマビルは湿潤を好み、山地近くの森林、公園や神社、どこでも遭遇する機会がある。知らぬ間に吸い付かれて血まみれとなる被害が全国的に増加している。異様な形と不気味な動きは一度見れば忘れない。被害に遭わないように、その退治法を確認するとともに、一度対面して備えておくことをお勧めしたい。