2016年3月号(第62巻3号)

医療監修の経験

東京逓信病院 病理診断科 部長
田村 浩一

ひょんなことから、テレビドラマの医療監修を引き受けた。日本で初めての「病理医」を主役にした漫画を実写化したものであり、病理医の存在を世間に知ってもらう、またとない機会になると、全国の病理医が期待を寄せたドラマであった。
テレビの「医療もの」は医者からみれば「突っ込み所」が満載である。あまりに荒唐無稽だと、それだけで見る気が失せる、と思っていた。そこで「医学的にありえない」シーンを無くしたいという気持ちで臨んだが、実は荒唐無稽さを全て取り除いてしまうと「ドラマ」にならないことが分かってきた。原作はある程度尊重しなければならず、結局は「どこまでを許容範囲とするか」で、脚本を見ながら毎回悩み続けることになったのである。
そんな悩みとは別に、医療界とはまったく別の世界に触れるのは楽しい経験だった。医療の世界では「チーム医療」の重要性をことさらに口にするが、ドラマの制作は「チーム」が一丸とならなければ成り立たない。役者の他、脚本家、プロデューサー、監督(演出家)、その補佐、カメラマン、照明、美術、音響、スタイリスト、など40名以上のスタッフが関わる。それぞれが、本当にプロとして自分の仕事を完璧にやり抜いて、初めて一つのドラマが生まれるのだという事を目の当たりにして、感動を覚えた。フィクションの世界と違って、命に関わる仕事をしている、と自負していたのに、果たして自分の職場では、ここまで真剣に一人一人が自分の仕事に取り組んでいるだろうか、と考えさせられ、恥ずかしながら反省もすることになった。
プロの仕事ぶりとして驚いたのは、まず脚本家だ。原作のストーリーを切り取って1時間のドラマに仕上げてしまうのにも驚いたが、オリジナル・ストーリーを作るお手伝いをした時には、こちらが提供した「元になるアイデア」から、1 週間で「場面」「セリフ」を決めた1 時間分の台本が仕上げられたのには舌を巻いた。それも1話から10話までの全体のストーリーの中にきちんとはめ込まれての話なのである。次に驚いたのが、役者の才能の豊かさだった。病理医、検査技師、それぞれが、まさしく「見様見真似」のはずなのにプロに見えるような仕事ぶりを演じてしまうのである。標本の薄切から染色まで、ちょっと手本を見せたら、代役を立てずに全てを自分でやり遂げたのには恐れ入った。一方で、ベテラン俳優の役に対する拘り、細部にわたっての細かな演技も、さすがプロ、としか言いようがなかった。共演する若い俳優が、そこから学んでいくというのも良くわかった。
5分のシーンを3時間以上かけて撮影することも稀ではない。同じ演技を繰り返し、それをカメラ・アングルを変えて様々な角度から撮影し、最後に編集で組み合わせるというのも、実際にみると「なるほど」と思わされた。おかげで他のドラマを見ても、撮影状況が想像できるようになってしまったが…。
今はただ、このドラマを通じて一般の方々に少しでも「病理医」の存在を知ってもらえたとしたらとても嬉しいし、さらには若人の中から「病理医志望者」が生まれてくれることを、全国の病理医仲間とともに祈っている次第である。