2016年2月号(第62巻2号)

老健施設における医師の役割

藤田保健衛生大学医学部 病理学 教授
堤 寛

介護老人保健施設(老健)は、生活の場と病院の中間に位置づけられる、医療法人や社会福祉法人が運営する公的介護施設である。要介護度1以上で、病状が安定し入院治療が不要な65 歳以上の高齢者を受け入れる。
公的施設である老健の雇われ施設長たる若き友人医師の悩みを聞いてほしい。
介護保険制度では、要支援・要介護度によって支援額が決まる。施設稼働率を95%以上に保たないと老健は赤字経営に陥る。平成26 年4 月の医療保険制度の見直しで、療養型病院と老健は入所者を在宅へ可及的早く戻すことが要求され、空床化による大幅赤字が余儀なくされた。老健の常勤医師が、積極的に診断・治療に係わろうとすると赤字を助長する。事務長から必ず苦言。「検査・治療費用をできるだけ抑えてほしい!」
例外的に、肺炎、尿路感染症、癌患者に対する検査費・抗癌剤費用には医療保険が使える。しかし、保険適用が1 週間に限られる点が悩みの種。高齢者の誤嚥性肺炎や重症腎盂腎炎は1週間で治癒するとは限らない!
裏話を少し。外用薬は家族に薬局で購入してもらう場合が多い。①腰痛などの慢性疼痛に対する湿布薬、②皮膚保湿剤、③水虫薬、④感冒薬、⑤ケガの創部に対する被覆材など。
高齢者の皮膚トラブルに、褥創、皮膚裂傷、外傷性皮膚潰瘍が多いが、皮膚保護用の被覆材は介護保険制度で認められていない。現在、「ラップ療法」が老健に広く普及している。市販のサランラップを褥創などの創部にあてて、創傷治癒を早めるのが目的。簡便、安価でかつ有効な方法だが、病院では使われない。サランラップが医療用品でないことに加えて、専用被覆材が医療保険適用されるためである。ラップ療法は、介護保険制度の制約の中からやむなく生まれた生活の知恵である。
よく考えてみると、老健に働く医師は定年後の高齢者が多い。後期高齢者医師も少なくない。積極的治療をしない、できない、そんな医師が多い。逆に言えば、若くてやる気のある医師が働くのに快適な職場とはいえない。何かおかしい。これからの超高齢化社会に向かって、医療保険と介護保険のはざまをうまく埋める、頭のいい制度づくりが切望される。