2019年2月号(第65巻2号)

〇二十四節気の小寒の日から 立春の日までが1年でもっとも寒い「寒」の季節とされる。「寒」という字は「屋根」と「枯れ枝」と「氷」と「人」の4つの象形文字をあわせて作られた会意文字で、屋根の下で枯れ枝の真ん中にうずくまり、寒さを凌いでいる人の姿を現したものである。
「立春」を過ぎれば、寒が明けたという意味で「寒かん明あけ」とされるが、例年2月は寒さの最も厳しい時期、立春の日を過ぎても厳しい寒さが続くのが常である。しかし、ちょっと気の早い季語のように、「立春」を境に、もはや寒の季節ではないけれど寒さがまだ残っているとして、「厳寒」改め「余寒」や「春寒」「残寒」など、視点を冬から春へと移してみると、同じ寒さにもなぜか我慢が利くようになるから不思議である。
そのうえ、2月も終わりに近づけば、ひと晩を境に、そこかしこにかかっている冬のベールが一気に取り払われたかのように、突如として春めいた日が訪れることもある。ぱっと明るく照らされた世界は新鮮に目に映り、急に小鳥たちの囀りのにぎわいに気づかされたり、まだ芽吹いてこそいないものの、暑い盛りになれば空を覆うように葉を広げるだけの生命力を漲らせた木々の枝が目についたり。日差しの明るさによってこんなにも世界が変わるものかと驚かされる。
春の兆しほど、人の心をうきうきとさせる季節の報せはないのではないだろうか。

花に鳴く鶯水にすむ蛙の声を聞けば生きとし
生けるものいづれか歌を詠まざりける。
(「古今和歌集仮名序」(紀貫之)の一節)

この世に生を受けたもの同士、姿形の違いにかかわらず、長く厳しい冬を共に越えてきた喜びを分かちあう季節はもうまもなくである。

(大森圭子)