2018年11月号(第64巻11号)

〇青色のペンキを流し込んだような、一面ムラの無い青空が広がる初冬。暖冬で、時折、秋に戻ったような暖かい日もあるが油断は禁物、立冬も過ぎ、ずいぶん高くなった空に乾いた風が吹きぬけ、冬の気配が送り込まれる頃になった。
〇弊社からさほど遠くない上野・東京都美術館で、『ムンク展-共鳴する魂の叫び』が開催されている。ノルウェーのオスロン市立ムンク美術館が所蔵するエドヴァルド・ムンク(1863-1944)の油彩画や版画約100点が展示されるなか、誰もが知っている作品、『叫び』が見られることもあって話題になっている。
この絵の、本来の題名は『The Scream(叫び)』(1893)だが、私は幼い頃から暫くの間、耳慣れた『ムンクの叫び』が題名と思っており、中心で耳に手を当てている人物が悲鳴をあげている張本人と思っていた。しかし本当のところは、ムンク自身の実際の恐怖体験を描いた作品であり、ムンクが友人二人と道を歩いていたところ、陽が落ちて夕焼けの血の色に染まった不気味な空の下、フィヨルドはゆがみ、大地を轟かせる自然の叫び声がムンクには聞こえたのだという。底知れぬ不安を感じたムンクは思わず立ち止まり、耳を塞ぎ恐怖におののいているという場面である。つまり、ムンクが叫んでいるのではなく、叫び声におびえて耳を塞いでいる絵なのである。よく見ると、ムンクを一人残し、恐怖などどこ吹く風と平然と立ち去っていく友人二人の姿も描かれており、ムンクは、生命の危うさや自然への畏怖と同時に、一人取り残される孤独の恐怖にもおびえていたように思う。
ムンクの代表作にはほかに『思春期』(1894)があり、こちらは大人になることへの少女の不安を描いた作品だそうで、少女の背後には暗く大きな影が描かれている。
ムンクの作品に落とされている暗い影は、幼い頃に母や姉を亡くし、人の死や孤独など不安の影をずっと引きずっていたムンクの生い立ちと深い関係があるようである。
『叫び』の絵のなかには、雲の部分に『こんな絵を描けるのは狂人だけだ』という鉛筆書きがあるそうで、ムンク自身が書いたものか、誰かのいたずら書きなのかはわからないそうである。この書き込みの確認も含め、混雑を避けてもう少し経ったら美術館にぜひ足を運びたいと思っている。

(大森圭子)