2018年9月号(第64巻9号)

〇北海道胆振地方中東部を震源として発生した地震により、被災した皆様と、そのご家族、関係される皆様に対して、心よりお見舞い申し上げます。
〇9月になり、少し遅めの夏休みで群馬の山中に足を伸ばした。連日、苦しめられた猛暑の日々も夢であったかのように、あたり一面、涼やかな秋の空気に包まれていた。
木々の葉は早くも色褪せ、ところどころに紅葉も見受けられ、落ちていく葉に当たった葉もまた名残惜しそうに枝を離れ、思い思い地面の上に身を横たえるという連鎖があちこちで繰り返されていた。
〇その昔、江戸では、西は王子の瀧の川、南は桜の名所でもある補陀落山 海晏寺(東京・品川区南品川)が、紅葉狩りの名所として賑わいをみせていたそうだ。
当時、品川には遊女が多くいたことから、紅葉狩りという名目で遊びに行かれることも海晏寺の人気の理由という説もあるらしいが、資料で見る限り、広大な敷地に高く聳える紅葉の木々が実に見事に生え揃い、ただそれだけで人気を得ていたことに深く納得がゆく。
海晏寺は建長3年(1251)、北条時頼により開基された寺院。「江戸名所花暦」には「当寺門前の海中より大なる鮫、漁夫の網にかゝりてあかりしか、その腹中より正観世音出現し玉ふ」とあり、このようにして、門前の海で捕獲された大きな鮫の腹から観音像が出てきたことを鎌倉幕府に申し出たところ、北条時頼が、この観音像をご本尊として寺を創建するよう命じたといわれている。
天保5-7年(1834-1836)に出版された「江戸名所図会」のなかの「海晏寺 紅葉見之圖」の資料では、紅葉の木々の合間に設えられた縁台の上で、重箱を広げ、ご馳走と景色を楽しむ町民らしき男たち、色づいた落葉を拾い集める母と子、両手いっぱいに集めた落葉を自慢げに仲間に見せている婦人、背中を丸めながらせっせと竹筒を吹いて炭を起こし湯を沸かす老女、寛ぐ人たちの間で、ちょっと不服そうにも見える表情でお茶を運ぶ若い女中の姿もある。
秋のある一日、色づく木々に囲まれ、平和でのどかな時間を楽しむ庶民たちの隣に、今すぐにでも身を置きたい気持ちであるが、それが叶うのももう間もなくのことである。
〇皆様のご支援のおかげをもちまして、本誌は本年5月に通巻750号を迎えました。
編集室では、通巻750号の記念行事として2つの企画をたて、ひとつは、特集1「感染症の診療・検査・研究を担う次世代へのメッセージ」、特集2座談会「感染症診断の未来を科学する」と随筆「750号によせて-感染性食中毒の変遷から思うこと」を掲載した特集号(5月号)を発行しました。
また、もう一つの企画として、本誌の表紙4ページに連載しております随筆と、新たにご執筆いただいた随筆の続編を収載した「随筆集」を作製しました。「随筆集」は数に限りがありますため、随筆をご執筆いただいた方々にお送りする形となりますが、広く読者の皆様にも随筆の続編をお楽しみいただけるように、今秋から、本誌随筆欄に掲載を続けていく予定としております。
どうかこれからも、本誌への変わらぬご支援をたまわりますようお願い申し上げます。

(大森圭子)