2018年9月号(第64巻9号)

熊本地震

熊本大学 大学院生命科学研究部 臨床病態解析学分野 教授
松井 啓隆

2016年4月、着任して一年後の熊本で大きな地震に被災した。立て続けに起きた二度の大きな地震のうち、一度目の揺れの後に念のため風呂に水を張り置いたのだが、これが本当に役立つとは思いもしなかった。ただ、二度目の地震後には数日間ほとんど帰宅できなかったので、貯めた水を使い切ることはなかった。
二度目の揺れの直後に勤務先の大学病院に向かったところ、停電により空調や機械類が止まっていたためか、深夜の廊下の暗さと相まって、なんというか不気味な静けさを感じたことを記憶している。一方で、天井裏で水道管が破断し、大量の水が流れ落ちている光景も目にした。ガス管も破裂したのか、異臭が鼻をつくなか、集まってくれた数名の検査部スタッフで対応を開始した。
まず必要なのは、情報収集である。幸い検査部は免震構造の建物内にあり、目に見える機器類の損壊はなかったから、当直の検査技師一名に検査室の確認を任せ、他のスタッフには病棟や救急外来の状況確認に出向いてもらった。そうこうするうちに院内の対策本部も機能しはじめたので、一名にはそこに張り付いてもらって、大学病院だけでなく圏内の状況もリアルタイムに把握できるよう努めた。何しろ、被災当事者で、しかも勤務先で復旧活動に従事しているとなると、むしろ周辺の被災状況が把握できないのであった。どのような患者さんがどの程度の数来院する可能性があるのか知っておけば、検査部のとるべき対応も自ずと決まってくると考えた次第である。私自身も院内をあちこち回り、腕にはめていた活動量計によると、私は4月16日に院内を17Km歩いたらしい。
その後の対応についてはいくつかの雑誌や報告書で書かせていただいたので、ここでは多くを述べないが、混乱のなか、当時の検査技師長と一緒にあちこちにコンタクトをとり、支援を受ける側としての体制の構築に奔走することになった。県に唯一の大学病院という立場上、地域支援は我々の責務であり、自施設の復旧だけでなく地域全体にも目を向けなくてはならない。とはいえ、多くの団体・企業・個人の方々から頂戴したご支援あって進められた活動であり、何度感謝の言葉を申し上げてもまだ足りないくらいである。
この原稿のご依頼を頂いたとき、本当はもっと優雅な内容、例えば旅行や趣味や読んだ本の紹介などをテーマにしようかと思料したが、結局こうして熊本地震のことを書かせて頂くことにした。熊本に来てからこちら、なかなかそんな寛雅な生活を過ごせていないこともあるが、やはりこれがこの数年で自分に最も大きなインパクトを与えた出来事であったから。