2017年5月号(第63巻5号)

〇そっと触れただけで破れるかと思うほど、薄く頼りなかった若葉たちも、自分が置かれた場所でしっかりと色づき、明るい日差しに嬉しそうに葉を輝かせている。
東京では、真夏さながらの暑さに驚かされることもあり、梅雨の季節が目前に迫っていることを忘れてしまいそうである。
〇5月の初めはゴールデンウィーク。祝日に挟まれた5月1日は、メーデーと呼ばれる労働者の権利を主張する運動等が行われる日である。1886年5月1日、アメリカ合衆国全土で8時間労働制要求(8-hourday movement)の統一ストライキが行われたことを起源とする。忙しい現代社会では、1817年にイギリスの実業家ロバート・オーウェンが掲げたスローガン“8 HOURS LABOUR 8 HOURS RECREATION 8HOURS REST”のように、8時間働き、8時間やりたいことをして、8時間休息をとるという生活はなかなか難しいが、人類のみならず生あるものは活動と休息を交互に繰り返して生きている?仕事面のスキルアップとともに休息のとり方もスキルアップが大切である。
〇以前、大手書店で購入した輸入カレンダーはゴッホの名画が日めくりで見られるもの。手のひらサイズと小さく、薄紙に名画が印刷されていることが残念だったが、365日飽きることなく楽しめた。なかでも、農夫の夫妻が、枯れ草のうえで午睡をとっている“Noon Or The siesta After Millet 1890”という絵に大いに和まされた。「落穂拾い」など農民画を描いたことで知られるミレイの複製木版画を模写した作品である。
ミレイの複製木版画のほうは、白黒のコントラストのせいか、農夫の過酷な労働のほうに思いがいってしまうが、ゴッホの模写では色付けがされ、菫色の青空の下、明るい日差しに輝く枯れ草がどこまでも広がるイエローオレンジ一色の世界。自らが積み上げた藁の日陰に体を横たえ、夫妻で昼寝をする姿は、のどかで見る人の心を和ませる。眠っているのか起きているのか、枯れ草の上に楽な姿勢で身を横たえ、体を休める姿に、働いたら休むという人本来のあり方が思い出される。
江戸生まれの好事家が庶民の風俗などを記した『江戸府内 絵本風俗往来』(菊池貴一郎 東陽堂/新装版青蛙選書)に「午睡」という項がある。これによれば「真夏(まなつ)の頃は午飯終(ひるめしおは)るや眠氣頻(ねぶけしき)りに催(もよほ)し、(中略)自然近隣何等(しぜんきんりんなんら)の響(ひゞ)きも聞へず諸職人(しょしょくにん)は午飯休(ひるやす)みの肘枕諸商店(ひじまくらしょしゃうてん)は算盤(そろばん)にもたれる手代(てだい)あれば硯箱(すずりばこ)へ肘(ひじ)をつきたる老番頭(ばんとう)も見(み)へ船漕(ふねこぎ)よする小僧(こぞう)さんあり(中略)此時(このとき)いづれも同じ鼾睡(いびき)の聲こゑ(中略)午飯終(ひるめしをは)れば眠(ねむ)るものと眼(まなこ)が覺(おぼ)て又(また)ひるね氣樂(きらく)な世代(せだい)と笑(わら)はれるが昔(むかし)の江戸の習慣(ならひ)とは扨お恥(はづ)かしきことなりける」とあり、江戸時代には昼寝の習慣が根付いていたことが窺える。
最近になってようやく、仕事を効率よく続けたり、健康を維持するためには昼寝が有効であるといわれるが、はるか昔の先輩たちはすでにその大切さを知っていたようである。

(大森圭子)