2015年12月号(第61巻12号)

〇クリスマスに近づくと見かけるドイツの菓子パン。日本では「シュトーレン」と呼ばれることが多いが、ドイツ語の発音では「シュトレン(Stollen)」である。一見、砂糖がけをした枕のような素朴なパンであるが、生地の中にはドライフルーツやナッツをはじめ、珍しいバリエーションではチーズやマジパンなどの具材がたっぷり仕込まれ、中身はとても豪華である。14世紀にはすでにドイツのナウムブルグという都市に原点と思われる食べ物の最古の記録があるそうだが、毎年12月に巨大なシュトレンを運ぶお祭りが開催されるドレスデンが発祥の地ともいわれている。ドイツとオランダでは伝統的なクリスマスの食べ物で、クリスマスイヴの4つ前の日曜日から、薄くスライスして少しずつ食べながらこの日を迎える風習がある。まずは中央で切って二つに分け、切り口から外側に向かってスライスしていくのが伝統的な食べ方だそうである。切ってはまた断面を合わせて保存するうちに熟成が進み、味の変化を楽しみながらクリスマスを迎える心の準備をするという、ささやかながらも日々の生活に潤いを与え、心をなごませる日課である。
〇家の近所に小さな洋菓子店がある。昭和を思わせる佇まい。取り立てて目立つ店ではないが、シュトレンの予約では600本が即日完売するという人気ぶりである。パティシエはドイツの菓子店で修行を積んだ方で、そこで伝統的な作り方とその店の独自の味を続けることを約束させられた上で、秘伝のレシピを伝授されたそうである。シュトレンばかりは利益を無視してフルーツをじっくり自然発酵させ、手間隙かけて作っているとのこと。以前は、日ごろお菓子を買ってくれる地元の人に、クリスマスやお正月に少しずつ楽しんで食べてもらいたいという思いで作っていたが、インターネットの力には抗えず、いつの間にか広く知られるようになり、すぐに売り切れてしまうので地元の方に申し訳ない気持ちでいるとのことであった。閉店時間間際の店内。いつもは黙々と作業場でお菓子を作っているパティシエのあたたかい気持ちに触れて、縁もゆかりもないものと瞬時に繋がることができる便利さと引き換えに、縁やゆかりのあるものを大切にする機会が失われていることに気づかされた。
〇ドイツ出身の思想家カール・マルクスは「人間とは、自分の運命を支配する自由な者のことである」という言葉を残しています。今年も残すところわずかとなりましたが、皆様はどんな一年を過ごされたでしょうか。
今年も本誌にあたたかいご支援をたまわり、誠に有難うございました。
どうぞ良いお年をお迎えください。

(大森圭子)