2015年12月号(第61巻12号)

抗菌薬が新しい病気を量産している

国立医薬品食品衛生研究所
三瀬 勝利

抗菌薬はワクチンと共に、人類に最大の幸福をもたらした発明品である。抗菌薬を含む医薬品こそが『人生80年』と言われる今日の長寿社会をもたらした。しかし、一方では抗菌薬の乱用や、過剰な衛生志向が、新しい病気を生み出しているという報告も出始めている。代表的なものにはマーチン・ブレイザーの著書Missing Microbesがある注)。抗菌薬が広く使用される以前には、過度の肥満、喘息アレルギー、潰瘍性大腸炎などはほとんど見られなかったが、現在ではこれらの病気の患者数が急増している。
抗菌薬の使用によって、上記の新しい病気が増加してきた機構は明らかになっていない。しかし、動物実験の結果などからも、こうした病気が抗菌薬の大量使用と連動している可能性が高い。例えば、生後間もないマウスを抗菌剤入りの飼料で育てると、抗菌剤を含まない飼料で育てたマウスよりも肥満したマウスに成長する。ウシなどの家畜に関しても同様の現象が見られ、抗菌剤添加飼料で育てた家畜の方が、通常の飼料で育てた家畜よりも太った肉質の良い家畜に生育する。太った家畜の肉は高い値段で売れるので、生産者は誰もが抗菌剤入りの飼料を使いたがる。こうした抗菌剤の畜産分野への乱用は、薬が効かない耐性菌を生み出す原因となるために非難が強い。しかし、重要なことは全て『経済の原則』で決定される現世では、抗菌剤の乱用にはストップがかからない。
臨床関係者が痛感しているように、耐性菌の蔓延により、抗菌薬の威力が年ごとに減弱している。一方では、新しい抗菌薬の開発が難しくなっている。斯様な現実を招いた責任は、ウイルス性の風邪にも安易に抗菌薬を処方する医師にもあるが、それ以上に問題なのは畜産や水産分野での抗菌剤の大量使用や、行き過ぎた非科学的な衛生志向による抗菌剤の乱用にある。これらが抗菌薬耐性菌を生み出し、同時に肥満、喘息、難治性消化器疾患などを生み出している。我々は抗菌薬をかけがえのない貴重品として、慎重に使用しなければならないはずだ。

注)最近、山本太郎長崎大学教授により、本書の翻訳本が出版された:『失われゆく、我々の内なる細菌』みすず書房、3200円+税