2015年12月号(第61巻12号)

肺炎原因菌シリーズ 12月号

写真提供: 株式会社アイカム

結核死亡例の肺に認められた結核菌と糸状菌(アスペルギルス?)の混合感染像

結核菌と糸状菌が肺病巣中に共存しているところをとらえた珍しくもまた貴重な結核感染患者の病理組織写真を打ち止めにしてこのシリーズの幕を閉じたい。ここに示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真は、(財)結核予防会結核研究所に半世紀以上もの長い間保存されてきた古い剖検肺標本から新たに試料を作成して観察・撮影したものである。同研究所の記録によれば、この剖検例は1937年に結核で死亡した21歳の男性とのことである。1930年代といえば、わが国では依然として結核が猛威をふるい、まだ治療薬もなかったことから、彼のように若くして結核菌に命を奪われる人が跡を絶たない悲惨な時代であった。今から振り返ると隔世の感があるが、結核との長い戦いの歴史にあらためて思いを致さざるを得ない。
この肺標本の肉眼的病理所見としては、気管支の支配領域に沿って乾酪巣が大きく広がっているのが特徴的であった。SEMで詳しく観察したところ、乾酪巣やその周辺に大小様々な肺胞が存在するなかで或る肺胞の内部に屈曲した有隔菌糸を伸ばしている糸状菌(緑色に着色)が見つかった(写真A)。さらにその一部分を強拡大したSEM像からは、肺胞壁を貫通した二叉状の菌糸の近くに粘液状の構造物と絡み合った結核菌(紅色に着色)の小集簇が存在することも確認された(写真B)。この写真に写っている糸状菌が何であるか今となっては正確な同定は難しいが、菌糸が有隔性であることや肺感染を引き起こす頻度の高さなどを考慮するならば、アスペルギルスである可能性が最も高い。
それにしてもこの混合感染像は意外であった。肺結核が治癒した後に残った浄化空洞内にアスペルギルスが経気道的に侵入・増殖して生じる非侵襲性肺アスペルギルス症(肺アスペルギローマ)は、わが国では肺アスペルギルス感染症の大半を占める最多病型としてよく知られている。しかし重篤な活動性肺結核の患者にアスペルギルスの混合感染が起こったという事例はこれまで聞いたことがなかったからである。この症例に限らず、もしかしたら難治性の肺結核にはアスペルギルスなどの真菌による混合感染例がかなり含まれているのではないか、そんな疑念まで抱かせる興味深い写真である。

昨年の新・真菌シリーズに引き続いて今年の肺炎原因菌シリーズもこれをもって予定通り完了することができた。真菌は無論のこと、形態がはるかに単純な細菌ですら、時に美しい姿を垣間見せて私を魅了する。こんな独りよがりに共感して下さる方が1人でも多く居られることを願いつつ、2年間お付き合い頂いたことに深謝いたします。最後になりましたが、両シリーズを通して暖かい励ましとご協力を惜しまなかったモダンメディア編集室・大森圭子さん、ならびに毎号当方の意にぴったりな写真を快く準備して下さった(株)アイカム・山内修氏にあらためて厚く御礼申し上げます。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)