2015年1月号(第61巻1号)

〇新しい年を迎え、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
本年もご支援のほどよろしくお願い申し上げます。
〇お正月休みが明け、押し寄せる忙しい毎日に今年も舟を漕ぎ出せば、お休みの日々を振り返ることはもうない。以前は、正月の浮ついた気分を切り替えるという意味で“お屠蘇気分を抜く”などという言葉をよく耳にしたが、この頃では、インターネットで「お屠蘇気分」と検索すると、「お屠蘇気分とはどんな気分ですか」という質問が上位に挙がっている。そういえばこの頃は、この言葉を耳にすることもめっきりなくなった。
「お屠蘇」の元になる「屠蘇散」の中身は、地域によって異なるが、利尿、健胃、鎮咳などの効能も期待できる白朮、山椒、桔梗、肉桂、防風といった数々の植物である。昔はこれを絹製の赤い小さな袋に詰めていたそうだが、今は白い和紙などで、これを酒や味醂に浸して作る。
新年の朝を迎え、こっくりした艶を放つ塗の屠蘇器と一年ぶりに対面し、お銚子から盃に注がれたお屠蘇を飲み無病息災を祈る。この際、通常の礼儀作法とは逆に、いただく順番を年少者から年長者の順とするのは、年少者の精気を年長者に渡すという意味合いだそうである。また、お屠蘇を飲むときは家族全員で東の方向を向き「一人これを飲めば一家苦しみなく、一家これを飲めば一里病なし」と唱えること、使用済みの屠蘇散は井戸に落とし、この水を飲めば一年間健康でいられるなど、他にも色々な習わし、言い伝えがあるようである。
最近では、元旦に飲むお酒であれば何でも「お屠蘇」との誤解もあるようだ。
週休二日制が取り入れられる以前、土曜の午前中は会社や学校があるが午後の半日はお休み、これを「半ドン」といった。オランダ語で休日を意味する「ドンタク」に由来するという説があるが、週休二日制になりこの制度が無くなると「半ドン」は廃語となってしまった。多忙な現代人は切り替えの早さが勝負ということもあってか「お屠蘇気分」は廃語への仲間入りが危ういが、お屠蘇をいただくというような、先人たちの沢山の知恵と純粋な思いが溶け混んだ古式ゆかしい風習はできれば継承されていって欲しいものである。
〇先日、編集会議の前に、「松の内」はいつまでか?という話題になり答えが分かれた。調べてみると、始まりは12月13日でほぼ統一されているものの、終わりは地域によって大きく異なり、関東では1月7日、関西では1月15日とする地域が多いとのこと。一方、「鏡開き」は「松の内」とは別で、関東を中心に1月11日が多く、関西を中心に1月15日が多く1月4日などもあるようである。
さてさて、長々とお正月の話題をしていると、「お屠蘇気分が抜けていない」と叱られそうである。
それでは、この辺で失礼いたします。

(大森圭子)