2015年1月号(第61巻1号)

肺炎原因菌シリーズ

表紙シリーズ「肺炎原因菌シリーズ」のはじめに

今年の表紙には「肺炎原因菌シリーズ」の画像が採用されることになった。ご存知の通り、肺炎は高い罹患率と多くの死亡の原因になる肺実質の感染症であり、一般に市中肺炎、院内肺炎、人工呼吸器関連肺炎などと分類されている。罹患者がとくに多い市中肺炎は、細菌に加えてウイルスや真菌によってもひき起こされるものの、大半の肺炎症例における原因菌は比較的少数種の細菌に限られる。最多原因菌はいうまでもなく肺炎球菌であるが、患者がもつ危険因子によっては他の病原細菌が感染の原因となる。その典型的な原因菌としてはインフルエンザ菌をはじめ黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌、緑膿菌などがあげられる。一方、典型的とはいえないものの、外来受診患者に多い肺炎マイコプラズマや入院患者にみられるレジオネラ属菌も肺炎をひき起こすことが知られている。さらに特殊な基礎疾患をもつ場合には、結核菌(肺膿瘍、HIV感染など)やアスペルギルス(陳旧性肺結核、好中球減少症など)も原因菌になりうる。
これらの病原菌の顕微鏡的形態はすでに多くの成書に掲載されているが、それにくらべて感染組織・細胞中の存在様式や宿主とのインタープレイがつくる病理組織像を目にする機会は遥かに少ないのではないだろうか。昨年の「新・真菌シリーズ」に見事な真菌の写真を提供して頂いた(株)アイカムは、肺炎に関しても様々な動物感染モデルや培養細胞感染実験系を使った数々の優れた画像データを集積してきた。その一部を今回の「肺炎原因菌シリーズ」に提供して頂いた。同社のご協力に心より感謝申し上げる。

写真提供 : 株式会社アイカム

肺炎球菌 Streptococcus pneumoniae I

「培地中の菌の発育形態と培養した気道上皮細胞に感染させた菌の細胞内増殖を示唆する位相差顕微鏡写真」

肺炎の最多原因菌として知られる肺炎球菌は、通常、2つの球菌(グラム陽性)が対になって存在することから双球菌とよばれているが、時にはさらに多くの球菌がつながって短い連鎖をつくる。肺炎球菌に見られるもう1つの大きな特徴は、多糖を主成分とする莢膜が本菌を対になった菌体ごとすっぽりと包んでいることである(この莢膜多糖の抗原特異性によって肺炎球菌は90以上の血清型に型別される)。こうした肺炎球菌の典型的なミクロ形態学的特徴は、インディアインク(墨汁)を用いたネガティブ染色標本で明瞭に観察される。右下の部分に挿入した写真は、その位相差顕微鏡像である。
もともと肺炎球菌は多くの健常人の鼻咽頭腔内に常在する細菌(保菌率10~60%)であるが、ウイルス感染などによる上気道粘膜バリアの破綻や肺組織の損傷が生じると、菌は増殖しながら上気道から下気道を経て肺胞へ侵入し、肺炎を発症すると考えられている。この感染プロセスを細胞組織病理学的に調べるために、モルモットから採取した気道上皮細胞を用いたin vitro 実験系を作成し、肺炎球菌を感染させた。その結果、本体の写真に示すように、形態はやや不明瞭ながら双球菌と覚しき構造物の集蔟が幾つも上皮細胞の輪郭の内側に形成されているのが位相差顕微鏡下で観察された。この顕微鏡像から感染菌は気道上皮細胞内で旺盛に増殖するものと推測される。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)