2014年11月号(第60巻11号)

〇突然の肌寒さに慌てて、あちこちから引っ張り出しては着ていた冬物への衣替えもようやく落ち着いた。ワードローブを開けば「いつでもご用命ください」といわんばかりに待機する武張《ぶば》った冬服たちは、頼もしい戦士のようでもある。まつげの先にちょこんと乗った小さな日だまりさえも温かく感じられるような、そんな冷え込む朝にも慣れてきた。いよいよ本格的な冬の到来である。
〇古代中国を起源とする思想「五行説」では、万物は、木・火・土・金・水の5つの元素からなり、各々の変化や互いの影響によって変化するものとされる。 季節もまた例外ではなく、春は「木」、夏は「火」、夏から秋への変わり目は「土」、秋は「金」、冬は「水」の五行が配され、元素それぞれの色が季節の色として、春には青、夏には朱、秋には白、冬には玄(黒)が割り当てられている。
色と季節とを合わせた言葉「青春」からも明らかなように、ここでいう季節とは人生の一時期のことも表わしており、春の植物のように成長し伸びやかな年代を「青春」、まばゆい夏の太陽のように力みなぎる年代を「朱夏」、実り多き秋のように充実した年代を「白秋」、日を重ね奥深い静かな時を過ごす年代は「玄冬」の言葉で表わすようである。“黒”を意味する「玄」には他に“奥深い悟りの境地”という意味もあり、「玄」のつく言葉「玄関」は「玄:奥深い悟りの境地」への「関:入口」という意味で、もとは寺への入口を示す言葉であったそうだ。年齢を重ねた後に訪れる「玄冬」の年代に、どこまでの奥深い境地に入れるかどうかは人生の修行次第というところだろうか。
〇さて「ハクシュウ」といえば、ウイスキーの名前が思い浮かぶが、こちらは「白州」であり、醸造所の所在地山梨県白州町―日向山《ひなたやま》など南アルプスの山々から流れ出た花崗岩の白い砂が川の流れによって運ばれて出来た白砂の扇状地=白い洲に由来する地名である。この町は「水の町」としても知られ、花崗岩のミネラルが溶けだしたミネラルウォーターの生産量はトップクラスだそうである。
〇五行説の「白秋」に由来するのは、詩人・北原白秋の名前である。

  青いソフトに降る雪は過ぎしその手か、
  ささやきか、酒か、薄荷か、いつのまに
  消ゆる涙か、なつかしや。  北原白秋

ソフトとは“soft felt hat”の略称で、頭の部分が縦に織り込まれたつばのある柔らかいフェルト製の帽子のことである。「過ぎしその手」とは、遠い昔に亡くなった優しい母の面影であろうか。温かそうなフェルトの上にそっと落ちてくるふんわりとした雪の、青と白のコントラストも美しく、はかなく消えゆくものを愛おしく懐かしく思い出している情景を思い浮かべれば、自分自身の思い出も束の間、雪に姿を変えて舞い降りてくるようである。
各地から雪の便りが届くころ、日を追うごとに寒さが増すこの季節、どうぞご健康にお気をつけて毎日をお過ごしください。

(大森圭子)