2014年11月号(第60巻11号)

新・真菌シリーズ 11月号

写真提供 : 株式会社アイカム

アスペルギルス・ニゲル Aspergillus niger

A.niger は、その学名の通り黒く着色した分生子によってコロニー表面全体が黒い色調を呈することから、「くろかび」ともよばれる。アスペルギルス症の原因菌としては、A.fumigatus, A.flavusに続いて3番目に多く分離される。侵襲性アスペルギルス症をひき起こすことは比較的まれであるが、しばしば肺アスペルギローマや慢性壊死性肺アスペルギルス症の原因菌になるほか、耳真菌症の主要な原因菌として外耳道から高い頻度で分離される。
もともとA.nigerは土壌微生物相の代表的な構成メンバーとして知られ、地球の炭素循環に重要な役割を果たしている。この菌が植物のリグニンやセルロースの分解にあずかる様々な水解酵素、酸化酵素などを持っているからであり、現在これらの酵素はバイオテクノロジー産業に欠かせないものになっている。またA.nigerは分子生物学の研究材料としても重要であり、真核細胞におけるタンパク質分泌機構、種々のバイオマス分解酵素の発現・分泌の調節に及ぼす多様な環境因子の影響、真菌の形態形成メカニズムといった研究のモデル生物として広く利用されている。
A.niger特異的な代謝活性として以前から知られていたのは、クエン酸や蓚酸を糖分からつくる能力である。清涼飲料や菓子などの食品原料として需要の大きいクエン酸の工業的製造にA.nigerは盛んに利用されてきた。クエン酸をつくるAspergillusといえば、私達日本人は「あわもりこうじかび」(A.awamori)の存在を忘れてはならない。A.nigerに近縁なこの菌が沖縄の特産物である泡盛の醸造に伝統的に使われてきた理由もそのクエン酸産生能にある。産生されたクエン酸によって仕込み後のもろみのpHが低下する結果、沖縄のような気温の高い亜熱帯地域でも十分に雑菌の汚染が防げるからである。
A.nigerのもう1つの特異的代謝産物である蓚酸については、クエン酸ほどの産業的価値はないものの、医真菌学的にはこちらのほうがはるかに重要である。慢性壊死性肺アスペルギルス症患者の生検肺の組織切片を鏡検すると、美しい結晶が病変組織内に観察されることがある。これは組織内で産生された蓚酸が組織液や血液中のCa++と反応してできた蓚酸カルシウムの結晶像にほかならず、この所見だけでA.nigerによる感染症と確定診断することができる。
A.nigerの分生子柄は白色で、著しく長い(400~3,000μm)。頂嚢も大きく(直径、30~70μm)、その全周を複列性のフィアライドとそれに付着した分生子が放射状に覆っている。そのために、分生子頭全体は大きな暗褐色の球状を呈し、まるで造り酒屋に吊るされているうちに枯れてしまった杉玉のように見える。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)