2014年10月号(第60巻10号)

〇秋から冬にかけての季節の変わり目は雨の多い季節でもある。この時期の降ったりやんだりの雨は「時雨《しぐれ》」と呼ばれ、その先の冬の冷たい雨は「冷雨《れいう》」と呼ばれる。わが国では雨に、季節ごと、また降り方の特徴などによってそれぞれ美しい名前が付けられており、「五月雨《さみだれ》(梅雨頃の降り続く雨。田植えを意味する「さ」+雨を意味する「水垂れ」が語源)」「喜雨《きう》(夏の土用の頃、日照り続きのときに降る雨)」「慈雨《じう》(大地を潤し草木を育てる恵みの雨)」「米《こ》(小)糠雨《ぬかあめ》(細かな雨)」「宿雨《しゅくう》(連日降り続く雨)」など、四季を通じ、自然とともに一喜一憂を繰り返しながら生き抜いてきた先人ならではの細やかな感性をその名前から垣間見ることが出来る。
〇一方、気象庁の予報文等に用いる用語は「やや強い雨」「強い雨」「非常に激しい雨」などのように、情緒的な要素は不要、目的は、言葉を耳にした誰もがどのような雨の状態なのかを同じように把握できることにある。そのため「雨もよう」といった曖昧な言葉は用いない、また、聞き間違いやすい「暴風」と「暴風雨」などの言葉は音声では用いないか、用いる場合には雨や風のそれぞれの強さを付け加えて解説するなどの配慮がされているようである。
また、雨量の多いときに何気なく口にする「大雨」には、“災害が発生するおそれのある雨”という意味があり、「弱い雨」と「小降り」とでは、「弱い雨」より「小降り」のほうが降り方が弱いという程度の差がつけられている。
先人たちに負けず劣らず、現代人もまた違った観点から雨に様々な名前を付けて使い分け、変わりやすい毎日の天候に賢く対応しているのである。
〇今月は2週続けて毎週末に大型の台風が襲来し、その間はただひたすらにざあざあ降りの雨であった。これでは、秋の季節を飛び越え、初冬のように驚くほど冷え込む日があるのも不思議ではない。
陰暦10月12日、時雨の季節に亡くなった松尾芭蕉の忌日は「時雨忌」と呼ばれる。
  秋もはやはらつく雨に月の形  松尾芭蕉
年々激しさを増していく自然の営みに不安は増すばかりであるが、願わくば、ひっそりと降り注ぐおぼろげな雨のベールを幾たびかくぐりぬけ、静かな冬を迎えたいものである。

(大森圭子)