2014年10月号(第60巻10号)

再び、基準範囲をめぐって

北福島医療センター 名誉院長
福島県立医科大学 名誉教授
吉田 浩

人間ドック学会による新たな基準範囲値に大きな反響が見られた。これは本邦の基準とすべきもので、高く評価している。本稿では、反響・関心の高い脂質値ついて、古きことを思い出し述べてみたい。
動脈硬化症に対する関心が高まる中で、1985年、米国(NIH)から治療対象となるコレステロール(TC)値が提唱され、わが国でも1986年、日本動脈硬化学会の討議を経て、TC220mg/dl以上、TG150mg/dl以上およびHDL-C40mg/dl以下を治療対象とすべきものと提唱され、これらが広く浸透し、今日に至っている。そのころ、我々の福島医大検査部では生化学検査自動機器の更新を機会に基準値を作成し、更に全国大学病院検査部での基準範囲/正常値についてのアンケート調査を行った。名称も正常値から基準範囲への移行期であったが、多数の値が使われていることを知った。(三浦裕ら:臨床病理1992,QAPNEWS1992)。上限値ではTCは207~270mgの範囲で43種類、TGは127~263mgで52種類と全くの混乱状態であった。このような状況の中での一方的な上記提案値に対して、違和感を抱いた。提唱値は病態識別(治療)値だが、本邦での検討も乏しく、米国からの直輸入的な値で、問題だと思った。1993年春、日本医師会でも動脈硬化症に対する知見を広く伝えるべく、講習会が開催された。その会で、当時の脂質の専門家にTG値についての治療の目安について伺ったところ、300~400mg以上、との返答を頂き、驚いてしまった。彼らも違和感を持ちながら、150mgの値を提案せざるを得なかったのであろうが、以後、ずっとそのままである。
今回話題となった基準範囲の問題は古くて新しいテーマで、検査関係者への大きな問題提起でもある。病態識別(治療)値はさらに難しい問題で、検査関係者はなかなか立ち入れないが、今回の基準値を参考にして再検討されるべきものと思う。これまでの健(検)診の判定基準により多くの受診者に不要な不安も抱かせてきたが、このたびの機会は、一般社会や臨床系学会の皆様に適正な認識を持ってもらう良い機会でもある。検査関係者は、定期的な現状調査・分析を行い、自己満足にとどまらず、それを広く発信し、より適正な状態になるよう、ご尽力されるよう祈念する。