2014年9月号(第60巻9号)

〇立ち並ぶビルや電線で切り刻まれたどんな小さな空にも、忘れられることなく秋の気配が宿っている。街路樹の葉は乾き道に降りて寄り添い、ショーウィンドウのマネキンは早々とコートやセーターに衣替えを済ませた。少し冷たくなった風に、窓に灯るオレンジ色の明かりがあたたかく感じられる。
目に見えない自然の力が、生活の舞台を夏から秋へと変化させ、新しい秋に息吹を与えるその演出も完璧である。
〇9月12日はマラソンの日だそうである。由来は紀元前5世紀、ペルシア戦争の時代にまで遡る。古代イランに起こったアケメネス朝ペルシア王国は、当時、強さの絶頂にあってギリシア征服を計画していた。この侵攻を防ぐため、ギリシアの都市国家が結束して反撃を開始し、ペルシア戦争(前492-前449)が起こった。前490年には、ギリシアアッティカ半島東部の都市“マラトン”にペルシアの遠征軍が上陸。強敵に怯えるギリシャ側であったが、アテネ軍の名将ミルティアデス率いる重装歩兵軍がこれを迎え撃ち、見事勝利を収めた。
アテネ軍の伝令兵であったフェイディピデスは、この「マラトンの戦い」での勝利を急いで伝えるため、マラトンの戦場からアテネまでのおよそ40kmの距離を駆け抜け、アテネの城門に走りついて勝利を告げると、その場に倒れ絶命した。大切な役目を果たすため、命尽き果てるまで走り続けたこの英雄の故事に因んで、この日9月12日をマラソンの日としたそうである。
実は他にも、フェイディピデスはペルシャ軍のマラトン上陸の報せをスパルタに伝え、救援を求めるために走った、というまた違った話もあるのだけれど、とにかく、重大事項をいち早く知らせるには人が走るしかない時代、世界のあちこちで大切な報せをもったフェイディピデスが命がけで走っていたということだろう。
〇ところで以前、本誌編集事務局の編集人であったTさんは、社内でも有名なマラソンランナー。ご本人の記憶からはとっくに抹消されたと思われる大昔に、Tさんからいただいた何かの附録の小冊子がマラソンの本であったことを突然思い出した。開いてみると、20代をピークにその後は右肩下がりに体力が衰えること、幾つからでもトレーニングで若返ることが出来ること、体力の衰えを緩やかにするためにもまずはウォーキングから始めましょう…と、関心をそそられることばかりであった。
〇うっすらと見えてきた今年のゴール。いつの間にか薄っぺらになったカレンダーを見て「残すところ…」と焦る日もそう遠くない。
「秋風、行きたい方へ行けるところまで」
種田山頭火
縦横無尽に駆け抜ける秋風のように、やりたいことをやれるところまで。
今のうちに走り出せば、今年のゴールまでにできることはまだまだ沢山ありそうである。もちろん、体力回復による若返りも含めて…。

(大森圭子)