2014年9月号(第60巻9号)

新・真菌シリーズ 9月号

写真提供 : 株式会社アイカム

アスペルギルス・フミガツス Aspergillus fumigatus

アスペルギルス症は、カンジダ症に次いで発生頻度の高い深在性真菌症として知られている。そればかりか近年増加傾向にある侵襲性アスペルギルス症発症者の予後がきわめて不良なことから、アスペルギルス症は死亡に関連する最多真菌症として恐れられている。その原因菌こそがアスペルギルス属Aspergillus の菌種にほかならない。
Aspergillusという属名は顕微鏡的形態の特徴に由来する。本菌の分生子頭から分生子柄にかけての形が、キリスト教カトリック派のミサで行われる聖水散布式(潅水式)に使われる水を振りかけるための用器(先端に多数の小さな孔があいた丸い部分がついた棒状の用器)に似ていることから、そのラテン語名aspergillium をもじって名づけられた。この属名が最初に使われたのは1729年に出版されたMicheliの著書の中であり、最も歴史の古い属名の1つに数えられる。彼がAspergillusとして記載した菌種はたった9つに過ぎなかったが、研究が進むにつれて急速にその数を増し、今では800種を超えるとさえいわれている。しかしヒトへの病原性が確認または推測されているのは、せいぜい50菌種程度であり、私達が日常遭遇する菌種に限ればせいぜい10菌種またはそれ以下になる。
Aspergillusが注目されるのは何も医真菌学の領域ばかりではない。とくにわが国では「麹(こうじ)かび」とよばれる A.oryzaeをはじめ幾つかのAspergillus spp.が古くから醸造や発酵食品の製造に広く利用されてきた。清酒、焼酎、味噌、しょうゆ、味醂、甘酒、米酢、漬物、なれ鮓、しょっつる、鰹節、いずし、などはどれもそうである。最近日本食が海外でももてはやされていると聞くが、その世界に冠たる日本の食文化もAspergillus なしでは生れてこなかったに違いない。
閑話休題。アスペルギルス症の最多原因菌種は、いわずと知れたA.fumigatusである。しかしこの菌が免疫能の低下した患者に侵襲性肺アスペルギルス症をひき起こすことがわが国で知られるようになったのは、そんなに古いことではない。今からちょうど60年前の1954年3月1日、北太平洋マーシャル群島沖で操業中の遠洋マグロ漁船第五福龍丸は、不運にも近くのビキニ環礁で行われた水爆実験に遭遇した。その結果、23名の乗組員全員が被災し、なかでも最も重い放射能障害を受けた久保山愛吉氏が同年9月に死亡した。遺体の剖検にあたった故奥平雅彦博士は、肺炎像を呈する組織からAspergillus1株を分離し、この分離株をA.fumigatus と同定した。まさしく侵襲性肺アスペルギルス症の国内症例第1号であり、わが国の深在性真菌症研究を進展させる大きな契機となった。
Aspergillusに共通する顕微鏡的形態の特徴は、空中に伸びた菌糸(分生子柄)の先端が膨らんで頂嚢となり、その表面を徳利(またはボーリングのピン)の形をしたフィアライドが部分的または全面的に覆うとともに、その先に分生子を連鎖状または不規則に生じることにある。さらにフィアライドや分生子は菌種ごとに特有の鮮やかな色に着色している。そのために、Aspergillusの顕微鏡像は数ある真菌のなかでも1、2位を争うほどの華やかな印象を与え、「かんざし」や「女王の冠」に例える研究者もいるほどである。
A.fumigatusは、分生子柄が比較的短くて(<300 μm)表面平滑であることや、フィアライドが頂嚢の上1/2~2/3の部分のみに密生し、しかも分生子と平行に並んで生じる結果、円柱状を呈する(円柱形成とよばれる)ことなどを特徴とする。濃淡様々な色調に着色した分生子もまた整然と並んだ連鎖をつくるので、分生子頭全体が緑色の円柱の形にみえるのが印象的である。

写真と解説  山口 英世

1934年3月3日生れ

<所属>
帝京大学名誉教授
帝京大学医真菌研究センター客員教授

<専門>
医真菌学全般とくに新しい抗真菌薬および真菌症診断法の研究・開発

<経歴>
1958年 東京大学医学部医学科卒業
1966年 東京大学医学部講師(細菌学教室)
1966年~68年 米国ペンシルベニア大学医学部生化学教室へ出張
1967年 東京大学医学部助教授(細菌学教室)
1982年 帝京大学医学部教授(植物学微生物学教室)/医真菌研究センター長
1987年 東京大学教授(応用微生物研究所生物活性研究部)
1989年 帝京大学医学部教授(細菌学講座)/医真菌研究センター長
1997年 帝京大学医真菌研究センター専任教授・所長
2004年 現職

<栄研化学からの刊行書>
・猪狩 淳、浦野 隆、山口英世編「栄研学術叢書第14集感染症診断のための臨床検査ガイドブック](1992年)
・山口英世、内田勝久著「栄研学術叢書第15集真菌症診断のための検査ガイド」(1994年)
・ダビース H.ラローン著、山口英世日本語版監修「原書第5版 医真菌-同定の手引き-」(2013年)