2013年5月号(第59巻5号)

〇東京はようやく気温が安定し、ここ数日は、からりと爽やかな晴天が続いている。過日、知り合いの方から、「最近は、トマト専用の培養土が大きなビニール袋に入って売られていて、袋の封を切り苗木を植えたら、あとは水やりさえすれば実をつける」と聞いて、初めてトマト栽培に挑戦することにした。恐る恐る植えたトマトの苗は期待以上の速さで成長し、つい最近、棹に固定した箇所からぐんとまた背丈を伸ばしてかしぎ、奔放に広げた枝葉に日射しを浴びながら、ゆらゆらとご機嫌そうに風に吹かれている。順調な成長ぶりに、夏の収穫を思うと水やりもまた楽しい。梅雨入り前の貴重な日射しに気づき、嬉しく感じられるようになったのは、恐らく、水やりをする私へのトマトの恩返しである。
〇日射しが心地良いある日、国立新美術館(東京・六本木)に「貴婦人と一角獣展」というタピスリー(つづれ織りの壁掛け)の展覧会を観に行った。「貴婦人と一角獣」は6面からなるタピスリーの連作で、1辺がおよそ3.1~4.7mとその大きさも見事である。何れの図柄にも、豪華な衣装と宝飾品を身に纏った貴婦人と真っ白な一角獣の姿が描かれ、従順そうな小柄の侍女、鳥、ライオン、猿、ウサギ、小花模様といった愛らしい脇役達が一層の華やぎを添えている。
これらのタピスリーは、1841年、フランスのクルーズ県にあるブサック城で発見された。描かれている三日月の紋章や衣装の様子などから、シャルル7世王朝の司法官ジャン4世・ル・ヴィスト、あるいは、彼の従弟の息子アントワーヌ2世が、1500年頃に織らせたものといわれる。
発見後に、この6面の構図の謎解きがされ、貴婦人が手にする物によって、「味覚(砂糖菓子)」、「聴覚(ポジティブオルガン)」、「視覚(鏡)」、「嗅覚(花輪)」、「触角」(貴婦人が一角獣の角に触れる)」の五感を表象しているとされた。また、これに加えてもう1面、青い幕屋の前で、小箱にかかるネックレスの一端を手にする貴婦人の姿が描かれたタピスリーがあり、これからネックレスを付けるのか外すのかという点で、一連のストーリーの始まりとも終りともいわれている。なお、幕屋には“Mon Seul Desir”(我が唯一の望み)と書かれており、「愛」、「知性」、「結婚」を表象しているともいわれる。
積み重ねた年月と発見前の保存状態の悪さから多少色褪せているが、その美しさはこれをものともしない。長い間タピスリーを守り続けてきたように布上を覆う気高いオーラにいざなわれ、500年前のこぼれるような美しさをも垣間見たように思えた。
これらのタピスリーは、フランス国立クリュニー中世美術館が所有し、日本での展示は初めてのこと。
今回、国内最大の美術館での展示だけあって、タピスリーはゆとりをもって飾られている。「クリュニー美術館のモナリザ」ともいわれる貴婦人達。ゆったりとした室内で柔らかな光に照らされ、その美しさを一層輝かせている。

(大森圭子)