2012年10月号(第58巻10号)

〇晩秋の季語「朝寒」「夜寒」のとおり、おひさまの照っているときは暖かでも、朝晩は寒さを感じる頃となった。中国の儒者朱熹は漢詩「偶成」のなかで、「少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず 未だ覚めず池塘春草の夢 階前の梧葉すでに秋声」と綴っているが、幾つになっても時はうつろいやすく、暖かい季節に身を置いてのんびりとしていたら、いつの間にか秋たけなわの季節となり、年の瀬の声も僅かながら聞こえてきた。少しの時間も軽んぜず、年末の区切りまでの月日を頑張っていきたいと反省するこの頃である。
〇先日、隅田川にかかる吾妻橋の近くで小一時間時間ほどの暇が出来、ここからは目と鼻の先の距離にある東京スカイツリーの麓へと初めて足を延ばすことにした。行ってみると、スカイツリーの展望台に上るには待ち時間の途中でタイムアウトになる状況。それではと、東京スカイツリータウン内の水族館を見学することにした。
館内に一歩足を踏み入れると、外の世界とは一線を分かつ静寂な薄暗がりのなかに、まるで海中の美しい水景だけを様々な大きさの立体に切り取ったような水槽が、神秘的な光を放って浮かび上がっている。水族館が決まってこれほど心地よいのは海が生命の故郷である証の一つだろうか。幾つかの水族館で、大きな水槽の前で眠る宿泊プランが組まれていることも当然の成り行きであるのかも知れない。
数々の水槽の中でもとくに目を引いたのは「くらげ」の水槽で、ここでは生後間もないクラゲが日を追うごとに成長していく様子を見ることができる。まるで形も分からない小さな粒々のクラゲがエノキダケの頭ほどの大きさになり、水の流れにただただ翻弄されている姿がいじらしかった。
「古事記」(712年)には、「…国稚(わか)くして浮きし脂の如くして、海月なす漂へる時」と記されている。やがて日本国土となった島は、初めは浮いた脂のようなもので、クラゲのように水中を漂っていたことを記している。ここでいうと島の姿は徐々に変わっていったようだが、同じように登場しているくらげは数億年も前から姿を変えていないといわれている。
半透明な体を浮遊させる神秘的なくらげにすっかり目を奪われていたら時間が来てしまった。初め、足早の見学には入場券2,000円は少し高いようにも感じたことなどすっかり忘れ、大満足して水族館を後にした。

(大森圭子)