2012年8月号(第58巻8号)

〇長く伸びた枝の先端でピンク色のフリルのような花びらを散らし、華やぐさるすべりの花は、真昼の空に一斉に打ち上げられ、奔放な方向に飛び散らかったロケット花火のようである。
 見た目にも明らかなように、さるすべりの木は成長に伴って樹皮が剥がれ落ち、猿も滑り落ちそうなほど滑らかな幹肌になることからその名が付いている。また別に「百日紅」と書き表されるのは、さるすべりが美しい花を長く咲かせることから、例えて“百日の間、紅色の花を咲かせる”として名付けられたものである。
8月も終わりに近づき、夏の間道行く人を楽しませてくれた街路樹のさるすべりの花も心なしか勢いが衰えてきたように見える。
猛暑に閉口した毎日でも、夏が終りに近づけばいつも別れは名残惜しく物寂しい。
〇今年は、7月27日~8月12日の17日間にわたって開催されたロンドンオリンピックに沸いた夏でもあった。
日本におけるメダルの総獲得数は38個(金7、銀14個、銅17個)と、2004年のアテネオリンピック以来、史上最多となった。今月20日、東京・銀座で行われたオリンピックメダリスト達による凱旋パレードでは、平日の昼間という時間帯にもかかわらず、五十万人もの人の群れが沿道を埋め尽くし、国民の関心の高さと人々に与えた感動の大きさを明らかにした。
ロンドンと日本との8時間という時差の大きさに、やむを得ず録画で競技を見ることも多かったが、勝敗をすでに知ってしまっても、選手たちが自らの努力の重さより、自分を応援してくれる人のあたたかい心と期待に応えたいという強い気持ち、さらには被災地で頑張っている人を励ましたいという願いをバネに闘い抜く姿に心を打たれた。美しく輝く笑顔と涙と汗とがその思いの深さを物語っていた。
〇「親の甘茶が毒となる」という諺がある。親が子を甘やかすとそれが仇になり、何でも思い通りにいくと勘違いをする人間になるという意味だ。
時の流れは、暮らしの中のほんの些細な不便や我慢さえも取り払い、日一日と至れり尽くせりな世の中に生まれ変っていく。新しく便利な道具はすぐに小型化され、一人一人が自分の世界に引き込み自由に利用できるようになる。努力せずとも誰かが与えてくれる思いどおりの生活は甘茶にも似て、大人をもわがままで感情をコントロールできない人間にしてしまう危険が潜んでいるようにも思える。
楽な道や近道などなく思い通りにいかないことだらけの世界で、自分の体ひとつを頼りに頑張るオリンピック選手の姿に学ぶことは多い。

(大森圭子)