2012年7月号(第58巻7号)

〇東京では真夏を思わせる天気が幾日も続いた後、ようやく梅雨明けをした。朝の通勤では、髪や服の間に熱気を籠らせうんざりと駅のホームに立つと、強くなった日差しに照りつけられた電線の色濃い影を幾つもくぐりながら電車がやってくる。車両は暑さの中で頑張る人達の姿でいっぱい。皆同じ思いで頑張っているのだとようやく乗り込んだ車中で気持ちを切り替えると、車窓のガラス越しにわさわさと葉を蓄えた木々に見送られながら、暑さが転じて夏の生気が体にみなぎってくるようである。
〇先日、ある方からのメールで、栃木県野木町にある弊社事業所の近くには広大な向日葵畑があること、また間もなく向日葵の季節を迎えることを思い出させていただいた。向日葵は野木町のシンボル。季節の風物詩にもなっている“ひまわりフェスティバル”の会場では、約4.3ヘクタールの敷地に約18万本のひまわりが咲き乱れる。町全体ではおよそ87万本ものひまわりが咲くそうである。残念ながら私はこれまでこの向日葵畑を見に行ったことがないが、野木町のホームページに掲載されている写真で見たところ、切り花用や矮性品種の小さな向日葵ではなく人の背丈ほどあり大きな頭花を付ける昔ながらの懐かしい花が写っていた。
向日葵には憧れ、崇拝、英語でもlove and respectの花言葉があり、恐らく太陽に向いたその姿に由来するものと思うが、向日葵畑を観察すると、日差しを浴びようと一心に空を仰ぐ沢山の花々に混ざり、周りの動向が気になるのか明後日の方向を見ている花などもある。何の世界もユニークな者が居るものと面白がっていたら、向日葵は、生長が盛んな時期に蕾や花は太陽の動きを追い、朝には東、夕方には西を向き、夜明けを迎えるまでにまた東向きに戻る…といった動きを繰り返すそうで、生長が止まるにつれて動きは止まり、しまいに花は東を向いたまま動かなくなるのだそうだ。皆と違う方向を向き近くの様子を窺っているようにも見える怪しげな向日葵は、大人になりかけ、あるいは大人の向日葵なのである。
〇印象派を代表する画家ゴッホは、1888年パリから南フランス・アルル地方に移り住み、わずか15カ月の間に約200点もの作品を描いたとされる。ここでの明るい日射しは、パリでの生活に疲れ果てた彼の心深くまで射し込み、南仏の明るい太陽、理想郷をなぞらえて向日葵の絵を描いたといわれる。ギリシャには「絵は言葉を使わぬ詩、詩は言葉でかく絵である」という名言があるそうだが、彼はこの絵にどんな明るい詩を綴っていたのだろう。
アポロンに恋をして破れたニンフクリティが向日葵に姿を変えたというロマンチックな伝説もある。逞しく奔放で明るさを感じさせる一方で、一途さ、ひたむきさを感じさせる向日葵。力いっぱい咲き誇る姿はこの先も人の心を魅了していくに違いない。

(大森圭子)