2012年7月号(第58巻7号)

オーダーメイド医療・個別化医療

独立行政法人 理化学研究所 研究顧問
豊島 久真男

20世紀にはいると、医学研究のため動物実験が広く用いられるようになり、マウスを中心に純系動物の開発が進んだ。研究の信頼性が高まり、各種疾患モデル動物の開発も相俟って多くの優れた良い医薬が開発されるようになった。ところで、ヒトと実験動物は動物としての基本は共通であるが、種の違いは明確である。医薬の開発に当たり、このバリアーを超えるために、手術後のヒト試料やヒト由来の培養細胞を用いた非臨床試験に加え、厳格な臨床試験も課されるようになった。これで問題解決かと思われたが、ヒトは一人ひとり遺伝的背景が異なり、個体差がある。多数の患者さんに投与されるようになると、個体差のために折角の効果が現れない患者さんや、重篤な副作用が出る患者さんも現れてきた。この事実を踏まえて、臨床試験には偽薬を用いるプラセボと、試験患者数の増加が求められ、新薬の開発には多額の費用と長期の試験期間が必要になった。
こういった情勢の下、既発売の医薬の効果を上げ、副作用を軽減する事に加え、新薬の開発にあたり有効で、副作用の少ない製品、更には、症例が少なくて、開発の困難な疾患についても適切な医薬を提供する事が強く望まれるようになった。20世紀末から21世紀初頭にかけ、この目的にふさわしい手法が次々と開発されてきた。ゲノム研究であり、プロテオミクスであり、iPS細胞の開発である。
遺伝子多型解析手法の確立は、疾患体質の解明や薬物に対する反応の遺伝背景解明に飛躍的な進歩をもたらした。更に、iPS細胞の開発は、疾患モデル細胞や薬剤に対する反応解析モデル細胞の創出に限りない将来性をもたらした。これらの手法が統合的に用いられる目標として、オーダーメイド医療・個別化医療が提唱され、その成果がもたらす個別の遺伝背景の検査と医療情報の統合は、稀少疾患に対する医薬品の開発や、稀な重篤副作用の回避にもつながる事が期待される。これらの研究を踏まえた臨床検査により、患者さんの個性に合わせた薬の種や用量を定める事も目の前に来ている、という情勢の下に、これからの新薬にはコンパニオン診断薬として、薬の効果や副作用を予測できる検査法の添付が求められる時代が来た。そして、医薬品の認可基準も、少数の重篤な副作用の取り扱いもより合理的で柔軟なものに進化する事を期待したい。