2012年5月号(第58巻5号)

〇東京調布市-約4,800種類、10万株の植物が生育される神代植物園は、274品種5,100株を誇るバラ園を有し、ゆえにバラの名所としても名が知られる。
ある休日、今を盛期とするバラ園に足を伸ばした。入口のゲートを抜けゆるやかな足取りで5分もいくと鬱蒼とした木々の小道から一転して巨大なバラ園が開ける。沢山の人で賑わうそこは舞踏会のホールと化し、初めてのドレスに恥じらう乙女や、着飾った貴婦人といった風情のバラがそれぞれの場所で思い思いの花を咲かせ訪れる人を待ち焦がれているよう。人々は美しい姿にうっとりし挨拶をしてまわっているようにも思えた。
〇花を観賞する風習は東洋では古くからあったが、西洋では大きく遅れて始まったことが分かっている。
日本では「明月記」治承4年~嘉禎元年(1180~1235)に、中国原産観賞用の庚申バラが「長春」の名ですでに登場していることから、この頃にはすでにバラを観賞する風習があったとみられる。また、書けない漢字を代表する「薔薇」の文字が使われた最古の書物は「古今和歌集」延喜12年(912)であり、この頃は「薔薇」と書いて「さうび」と読んでいた。
〇安永5年(1776)に出版された「雨月物語」は上田秋成の怪異小説である。この「青頭巾」の章では、寵愛する稚児が死に悲しみのあまり鬼と化した僧侶が棲むという山寺に向かった禅師が目にする寺の荒れ果てた様子が、「樓門は荊棘(うばら)おひかゝり。經閣もむなしく苔蒸ぬ。…」と書かれている。

咲き満ちて雨夜もバラのひかりあり(水原秋櫻子)

雨月に浮かび上がるバラを怪異現象の前ぶれととるか美しい眺めととるか人様々である。
〇海岸に自生し梨に似た果実を付けることからその名が付いたハマナス(ハマナシ)もバラの一種であり、その果実はビタミンCが豊富である。バラの花はビタミンCのほかビタミンEやポリフェノールを含むことから茶やジャムなどの食品に多く利用されている。香りには女性ホルモンのひとつエストロゲンの分泌を促進する効果もあるとか。ボッティチェリの「ビーナス誕生」の画では、ビーナスの誕生とともに大地からバラが生まれたというバラを賛美したことで知られる詩人アナクレオンの詩を元に、ビーナスの周りに白バラが描かれている。クレオパトラもまた、バラをこよなく愛した一人でバラ風呂に入っていたとの伝説も聞く。
女性の美とバラとの密接な関係、女性としてはこの効果にも大いに期待したい。

(大森圭子)