2012年4月号(第58巻4号)

〇例年に比べ今年の桜は開花が遅れたが、それはまるで激しい嵐の訪れを知っていたかのようであった。幾度かの春の嵐を蕾の姿でやり過ごし、嵐が去ったうららかな日を選んでいよいよ蕾をゆるませると、瞬く間に花々の間を埋め尽くすように一斉に咲き誇った。ドラマチックな開花であった。
たわわに花を付けた見渡す限りの桜並木とひととき川縁を輝かせる菜の花の黄色に包み込まれるようにして歩いていると、何の変哲もない近所の川沿いの散歩道も観光名所と見紛うほどの美しさになった。
〇春になると確かな存在感でゴロゴロと大きなタケノコが店先に並び始める。
タケノコは竹の地下茎の節に生える芽の部分である。いたいけない新芽は、交互に幾重にも重なった固い皮に守られて生長する。ゆえに「竹の子」と書き表されるが、「筍」の文字もよく使われる。ひと月を「上旬、中旬、下旬」と3つに分けることからも分かるように、「旬」という字には「良い時期」という意味のほかに「10日間」という意味があり、「竹(タケカンムリ)」に「旬(シュン)」と書いて、ひと月もすれば成竹になってしまうタケノコを食用にできるのは10日以内の若芽の頃に限る、というのが語源である。
竹のうちで、タケノコを食用にできるのは「マダケ」、「ハチク」、「モウソウチク」などの限られた種類である。「マダケ」の異名の「ニガタケ(苦竹)」、「ハチク(淡竹)」は苦みの強弱をあらわしている。一方「モウソウダケ」では、「モウソウ」と聞くと「妄想」という字が浮かぶが、「孟宗」が正しい。親孝行を重んじる中国歴代王朝の三国時代から伝わるとされる、孝行を行った24人の説話を集めた「二十四孝」の一人、「孟宗」の名に由来している。父を亡くし老母を養っている孟宗が、真冬のある日、病気の母から筍が食べたいと言われ雪の中を探し回る。しかし季節は冬、探し当てられるはずもなく涙をこぼしたところ、思いが天に通じ涙で雪が溶けたところから筍が生えてくる。持ち帰って母に食べさせると病も治り老母は天寿を全うしたという話である。
モウソウダケは16世紀頃に中国から日本に移植された品種で、肉が肥大で早生種であることからタケノコの首座に納まっている。食材としてはあまりに立派過ぎて扱いが厄介なので、茹でるのが大変と敬遠していたが、一度くらいは旬のうちに料理をして春の味覚を堪能したい。

(大森圭子)