2010年12月号(第56巻12号)

〇今から52年前の冬。1958年12月23日、東京・芝公園にて「東京タワー」の完工式が行われた。1957年6月の着工からおよそ1年半後のことである。高さは333m。当初380mの高さを目指していたのだが、東京を中心とした関東一円に電波を送るために必要な高さと、画像乱れにつながる風によるアンテナの揺れとを考慮して算出された数字だそうである。東京タワーの開設者であり実業家で政治家でもあった前田久吉は、300m以上もある塔を建てることに迷いもあったが、およそ300年以上もの昔に木造塔としては日本一高い五重塔が建てられていること(京都市南区・東寺にある五重塔。空海の創建から数えて5代目にあたる現在の塔で1644年に建立された。高さは54.8m)、技術はさらに進歩していることに自信を得て決意したという。また、当時の郵政省電波管理局長であった浜田成徳は、フランスのエッフェル塔を超える塔を造り展望台で集客すれば、10年で建築費用分を稼げると構想を練った。
〇エッフェル塔は、東京タワーの完成から遡ることおよそ70年前、フランス革命100周年を記念して催される万国博覧会に向けて建てられた。落成式が行われた1889年3月31日は、日本では大日本帝国憲法が発布されて間もない頃である。伝統的な町並みに現れた鉄塔は人々の目に醜悪にも映り、反発も強く途中建築が中断されるが、20年後に取り壊すことを条件に作業は再開され、2年2カ月ほどの期間で完成した。「女の一生」などで有名なフランスの作家、モーパッサンもエッフェル塔を嫌った文化人の一人で、パリの中でエッフェル塔を見なくてもすむ唯一の場所という理由から、あえてエッフェル塔の中にあるレストランに通ったそうである。完成当時は312m。のちに電波塔としての利用法が見出されたことで壊されることなく、テレビアンテナが設置され324mの高さになった。工期中死者は一人も出さなかったが、皮肉なことに建造後には記録映画が出来るほどの飛び降り自殺の名所となった。
〇2011年冬に完成を予定している「東京スカイツリー」は、高さ634メートルの世界一高い電波塔となる。現在のところ、2012年春に主要テレビ局が「東京スカイツリー」に移行した後は、「東京タワー」は幾つかの放送局と「東京スカイツリー」の予備の電波塔としてのゆるやかな役目に変わるようである。しかし、五重塔がそうであるように、わが国の誇り高き建造物として、いつまでも人々の想い出のなかに聳え立っていることに変わりはない。“過去は変えられない”というとなにやら暗いイメージも喚起されるが、喜びに溢れた過去もまたどんなことをしても変えられないものである。
2010年も残り僅かとなった。自分がどのような思いで一年を過ごしてきたのか、贈られた数々のあたたかい想い出とともに心に刻んでおきたいと思っている。

(大森圭子)