2010年12月号(第56巻12号)

虫林花山の蝶たち(12):

ヤマビルに守られたルーミスシジミ Tailless Bushblue

ルーミスシジミという蝶は、身近に見かけるムラサキシジミに似ていますが、翅表の紋が南米のモルフォチョウのような金属光沢を持った明るいブルーでとても綺麗です。この蝶は1877年にアメリカから日本を訪れたヘンリー・ルーミス(宣教師)が房総半島の山中で発見したもので、発見者の名にちなんでルーミスという名前が付けられました。名前が持つ異国的な雰囲気と美しさ、加えてその希少性から、蝶の愛好家であれば必ず一度は憧れる蝶です。
ルーミスシジミは日本産の蝶の中でも局地的な分布を示し、千葉県の房総半島、紀伊半島南部、山口県、四国、隠岐、屋久島、九州の一部で見られます。しかし、房総半島以外では、この蝶に出合える場所は非常に限られ、数も少ないようです。ちなみに奈良県春日山では、1932年に本種が天然記念物に指定されましたが、現在では絶滅してしまい見ることができません。
そんな学生時代から憧れてやまないルーミスシジミに会う機会がやっと訪れました。そこは房総半島南部の山中で、アカガシやシイなどの照葉樹に囲まれた谷の中です。ルーミスシジミが現れるという場所で、木を見上げて待っていると、後ろにいた同行者が突然悲鳴を上げました。あわてて声の方向に目をやると、ズボンをめくった足の皮膚に茶色いものが付着しています-ヤマビルでした。すでに12月の初旬でしたので、ヒルも活動を休止したと思っていたのですが、気温が上昇したので再び出てきたのでしょう。でも、そんなアクシデントにもかかわらず、葉上で日光浴をするルーミスシジミを何とか撮影できたので、「ヤマビル事件」はとても良い思い出になりました。
日本産の蝶の中で、成虫で越冬する蝶は少なくありません。ルーミスシジミに近縁のムラサキシジミやムラサキツバメという蝶たちも、同じような場所で越冬します。なかでも、ムラサキツバメは10頭以上の蝶が集団で葉上に身を寄せ合っている姿をしばしば目撃します。集団越冬といえば、北米のオオカバマダラという蝶は、何千、何万という蝶が一箇所に集まり、その蝶が越冬する木は蝶で埋め尽くされたようになるといいます。
ルーミスシジミもその中の一つですが、気温が下がって木枯らしが吹く季節になると、カシやシイなどの照葉樹の葉上でじっと冬が明けるのを待ちます。3月になって、早春の花が咲き始める頃、彼らは越冬していた葉から元気に飛び出し、交尾後に産卵するといわれています。
越冬する蝶たちの中には、寒さのために冬を越せずに死んでしまうものも少なくありません。ヤマビルに守られた照葉樹の谷で、じっと春を待つ彼らの姿は、健気でもあるし逞しくもみえます。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、J95分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。