2010年9月号(第56巻9号)

〇9月の異名は「寝覚月(ねざめづき)」である。秋になって夜が長くなり、早寝をすれば寝覚めの回数が増えること、また、寝ても覚めてもいつでも空に月が浮かんでいるというのがその名の理由らしい。今年の夏は猛暑で寝苦しい晩がどれほどあったことか。エアコンをつけてもほどよい室温を保つのは至難の業で、暑い寒いと目覚めては、再三再四リモコンと格闘した晩も多かった。
幸い四季のあるわが国では、厳しい季節をくぐり抜けたあとには決まって優しい季節が訪れる。疲れた体を庇護するような穏やかな自然に包まれ、眠りひとつとっても充分にやすらぎを得られる季節である。
〇1872年9月1日、神奈川県横浜市に横浜瓦斯会社が造られ、同年9月29日に、横浜県庁界隈である大江橋から馬車道・本町通りにかけて十数基のガス灯に火が灯された。この日の新暦である10月31日は現在、「ガスの記念日」とされている。
〇ガス灯には裸火の照度を利用する「魚尾灯」と、「白熱ガス灯」の2種類のタイプがある。「白熱ガス灯」は、ライターの発火石の発明でも知られるオーストラリアの化学者・カール・ヴェルスバッハが1886年に発明した「ガスマントル(麻や木綿などの網袋に金属化合物を含ませたもので、炎に被せる。)」を利用して燭光を強化したもので、「魚尾灯」が約15ワット程度であるのに比べその5倍ほどの明るさがあるそうだ。
〇イギリス人技師のウィリアム・マードックが、自分の小屋に石炭から出るガスを利用した灯りの実験に成功したのが1792年のこと。この後、ガス灯の発明へと発展し、ガス灯がヨーロッパ中に広がった。ちなみに世界初のガス灯は、1797年にイギリスのマンチェスターに設置されたものだそうである。
〇わが国のガス灯は、20世紀の初めをピークにやがて電灯の普及で姿を消したが、その美点が見直され、現在では全国に約6,000基のガス灯が設置されているそうだ。
兎角、不便なものは便利なものにあっさりと座を奪われてしまう。しかし、手がかかるものほど情が湧き、人それぞれに秘められた価値を見出す可能性も限りない。昨今、「もったいない」という言葉が世界中で珍重されていることもさながら、古き良きものが見直され新たに歓迎されることは本当に喜ばしい。異国情緒たっぷりなフォルムと神秘的な炎を揺らがせる美しいガス灯の姿は、先人の叡智や精神を大切に思う心にも灯りをともしてくれるに違いない。

(大森圭子)