2010年7月号(第56巻7号)

〇夏休みが始まる頃になると、大人でも何かワクワクした期待感が湧いてくるものである。ロートレックの絵画「洗濯女」では、無造作に髪を纏めた白いシャツの女性が、洗濯物が乗った机の上に両手をつき、薄暗い室内から少し伸び上がり気味に明るい窓の外を眺めている。光が差し込む窓の外に何を見ているのか、希望の光?それとも楽しかった過去なのか、魅力的な構図が見る者の心を捉え想像を掻き立てる。
今年は集中豪雨で日本各地に大きな被害が出ていることもあり、あたかも薄暗い部屋から窓の外を眺めるように、ガッチリした強い日差しに包まれ、のびやかに過ごせる夏の日々を恋しく思うこの頃である。
〇ある休日、人影まばらなデパートの売り場をフラフラと歩いていたところ、思いもよらぬ場所で、耳に心地よい川のせせらぎと涼しげな虫の声が飛び込んで来た。忘れていた風情に忽ち心が和んでいくのを感じながら音の元を辿ると、それは一枚の暑中見舞い用カードであった。折り目を起こすと蛍を入れた虫かごの形になり、ボタンを押すと、川のせせらぎ、虫の声、ちぎり絵風に描かれた数匹の蛍が時間差をつけて灯をほのめかせる。わが国で大手のグリーティングカードメーカーの素晴らしいアイディアに誇りすら感じながら自分用に1枚購入した。
〇世界のグリーティングカードの起こりは新年の挨拶にあり、古代エジプトにおいてはスカラベと呼ばれる護符に、古代ローマでは粘土の彫像やメダルに新年のお祝いの言葉を書いて送ったことが始まりとされている。新年に飾られていた礼拝図像の木版画や、相手が不在の折に挨拶を書き残す目的にも使われた名刺なども、グリーティングカードの起源とされている。
18世紀までのカードは、木版や石版で印刷され手作業で色付けされるなど、大変高価なものであった。しかし18世紀末、Alois senefelder(オーストリア帝国の俳優・劇作家)が偶然にも平板印刷(印刷の原版に彫るなどの凹凸をつけなくてよい技術)に成功しリトグラフ技術を生み出してからは印刷技術が飛躍的に進化、19世紀中頃には大量生産ができるようになり、グリーティングカードは生活を豊かにするうえで無くてはならないものになっていった。
〇グリーティングカードの種類には、クリスマス、バレンタイン、誕生日、母の日、父の日、御礼、お祝い、多用途など様々なものがある。暑中見舞いを出すのにちょうど良い今頃は、団扇、風鈴、花火、金魚鉢など様々な形をした暑中見舞いの力作が揃っている。E-mailも便利で良いが、時には涼しげな趣向を凝らしたカードを送ってみるのも良いものである。

(大森圭子)