2010年7月号(第56巻7号)

虫林花山の蝶たち(7):

森の宝石 アイノミドリシジミ Brilliant Hairstreak

樹上性のシジミチョウの仲間を通称ゼフィルス(Zephyrus)といいます。今日の正式な分類には、ゼフィルスという名称はありませんが、蝶の愛好者はゼフィルスという名前にはある種のこだわりと憧憬の念があって、依然としてこの名称を広く使用しています。ちなみに、このゼフィルスという名前は、ギリシャ神話のアネモイ(風)の一つであるゼピュロスZephyrosにちなんだものです。ゼピュロスは4つのアネモイの中でも、最も温和で、春と初夏のそよ風を運ぶ「西風の神」として知られています。
このゼフィルスというグループに属するシジミチョウは、日本には25種ほどもありますが、アイノミドリシジミはその中の1種です。本種の種小名(学名)のbrillantinusとは「光り輝く」という意味で、オスの翅には金緑色のメタリックな強い輝きがあります。北海道から九州まで広く分布していますが、幼虫がミズナラという山地性の樹木の葉を食べますので、この樹木がある山の蝶といえます(北海道は例外です)。
この蝶に会うには6月下旬から7月の天気の良い日に早起きして山に行かなければなりません。というのも、この蝶は朝の7時から10時頃までの間のみ、森の日だまりで占有行動(縄張りを張る習性)を示して活発に活動するからです。この占有行動では、オスが見晴らしの良いお気に入りの枝先で翅を開いて自分の縄張りを見張ります。そして、他のオスが視野に入ると、スクランブル発進よろしく出撃して、激しくもつれ合いながらクルクルと乱舞します。縄張りに侵入した他のオスを追い払った後には、またお気に入りの枝先に戻って縄張りを見張るという行動を繰り返します。
ところが、このお気に入りの枝先というのが、多くは高所の枝であることが多く、彼らの輝く翅を上から撮影するチャンスはなかなかありません。さらに、この翅の輝きはいわゆる構造色というもので、見る方向によってその色調が異なります。たとえば、前方や側方からだと翅の色が緑色から青色に輝きますが、後方からでは輝きは全く失われて単なる茶色になってしまいます。そのため、本種の姿自体を見ることはできても、その姿を上前側方から気に入った角度で撮影することは簡単ではありません。今回掲載した写真は、たまたま背の低い木の葉上に翅を広げて占有行動を示すオスを見つけて、ファインダーでその輝きを確認しながら撮影できたときのものです。
毎年、梅雨の晴れ間には、朝暗いうちに起きて、いそいそと本種が棲息する山を訪れています。汗をかきながら登った山の中の陽だまりで、朝日を受けてキラキラと金緑色に輝く「森の宝石」が乱舞する姿は、何度見ても、いくつになっても興奮して止みません。そんな著者も今やゼフィリスト(ゼフィルスをこよなく愛する蝶マニア)の一人になってしまったのかもしれませんね。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。