2010年3月号(第56巻3号)

〇3月には冬と春とが交互にやって来る。凍て付く日々を共に過ごして来た冬将軍にさよならするのが少し寂しくもあり、その一方で、輝くような季節にはまだ指先がほんの僅か触れる程度であることがもどかしくも感じられる季節である。
〇この頃になると、色とりどりの花があとからあとから咲きほころび、われわれを幸せな気持ちにしてくれる。桃、桜、沈丁花、木蓮など気品溢れる名の付いた花が多いなか、風変わりな名のついた「金のなる木」と呼ばれる植物がある。この名前に加え、花言葉が「一攫千金」であることを聞くと、黄金色の小判のような大輪の花をところ嫌わず付けまくる大木が脳裡に浮かぶ自分に一抹のさもしさを感じるが、実際は、12月から4月中旬までの間、小さなヒトデ形をした淡いピンク色の慎み深い花を咲かせる常緑低木、多肉植物である。
学名である“Crassula ovata”の“Crassula”とは、多肉植物の特徴である厚い(Crassus)葉を表した属名である。葉の形がコインに似た長円形で光沢があることから、英語でも“dollar plant”と名づけられている。また、わが国では別名「花月」または「黄金花月」ともいわれる。
まだ小さい新芽のうちに5円玉を茎に通しておくと後で取れなくなり、あたかも木にお金がなっているように見えることから、栽培業者が「金のなる木」と銘打って縁起物としても販売しているようである。可愛らしい植物にこの名前は少し可愛そうに思うのは私だけだろうか。

〇花間一壺酒 (春の夜、花さく木々の下、酒つぼに満ちた酒を飲む)
 獨酌無相親 (わたしは、ひとり飲む。親しく酒を酌ぎあう相手はいない。)
 舉杯邀明月 (杯を挙げて明月を邀〈むか〉え)
 對影成三人 (影に対して三人となる)
       (「李白-詩と心象-」/松浦友久著〈社会思想社〉)
これは、放浪の詩人・李白の「月下獨酌(其の一)」という漢詩の一節である。
独りの寂しさを味わい、また、煩わしさから解き放たれた自分だけの静かな時を楽しむ―この世ならず幻想的な春の夜には、悠久の時を超え、李白が求めた精神のとらわれなき自由が、ひととき静かに訪れてくれそうである。

(大森圭子)