2010年3月号(第56巻3号)

虫林花山の蝶たち(3):

内モンゴル草原のモンキチョウ Colias erate ssp.

3回目の蝶は「内モンゴル草原のモンキチョウ」を選びました。モンキチョウの属名をコリアス(Colias)といいます。コリアスはギリシャ神話の女神アフロディーテの別名で、さらにアフロディーテはローマではヴィーナスのことです。恋多きギリシャの女神の名を冠するこの蝶は、艶やかで妖艶で虫好きの病理学者を狂わしてくれるのです。
ある年の7月、中国の内蒙古自治区フフホト市にある内蒙古医学院を大学間交流のために訪れました。内蒙古自治区は、モンゴル族が人口の20%を占める地域で、レアメタルや石炭を産出するため急速に発展しています。内蒙古には、ゴビ砂漠まで続く果てしない「草原grass land」があると聞いていましたので、是非とも訪れてみたいと思っていましたが、幸いなことに、大学での講演の翌日、医学院の学長が我々を草原に案内してくれました。
7月の草原は、なだらかな起伏を示しながらどこまでも続き、見遥かす先には、遊牧民のパオと呼ばれる住居がマッチ箱を並べたように並んでいました。途中で黄色い花が絨毯のように咲くお花畑が見えたので、車を降りて歩いてみることにしました。草原といっても標高が2000mもあるので、吹く風も涼しく、歩いてもほとんど汗をかいたりしません。風に吹かれながらお花畑に歩を進めると、突然足下から黄色いチョウが飛び出しました。見失わないように注意深く目で追っていると、少し先の黄色い花に静止して吸蜜を始めました。慌てて近寄ってその蝶を見ると、花と同じくらいに黄色いモンキチョウでした。モンキチョウは日本でも普通に見ることができる蝶ですが、遠く内モンゴル草原で出会うと古い友達を見つけたようでどこか懐かしく感じてしまいました。
草地に腰をおろしてしばし見渡すと、そこには遮るものは何も無く、ただ空に浮かぶ雲が落とした影だけがゆっくりと緑の草原を移動していました。はるか昔から変わりないこの悠久の風景は、すでに何年も経過した今でも目を閉じると思い出すことができます。
虫林花山の散歩道:http://homepage2.nifty.com/tyu-rinkazan/
Nature Diary:http://tyurin.exblog.jp/

写真とエッセイ 加藤 良平

昭和27年9月25日生まれ

<所属>
山梨大学大学院医学工学総合研究部
山梨大学医学部人体病理学講座・教授

<専門>
内分泌疾患とくに甲状腺疾患の病理、病理診断学、分子病理学

<職歴>
昭和53年…岩手医科大学医学部卒業
昭和63-64年…英国ウェールズ大学病理学教室に留学
平成2年… 山梨医科大学助教授(病理学講座第2教室)
平成8年… 英国ケンブリッジ大学病理学教室に留学
平成12年…山梨医科大学医学部教授(病理学講座第2教室)
平成15年…山梨大学大学院医学工学総合研究部教授

<昆虫写真>
幼い頃から昆虫採集に熱を上げていた。中学から大学まではとくにカミキリムシに興味を持ち、その形態の多様性と美しい色彩に魅せられていた。その後、デジタルカメラの普及とともに、昆虫写真に傾倒し現在に至っている。撮影対象はチョウを中心に昆虫全般にわたり、地元のみならず、学会で訪れる国内、国外の土地々々で撮影を楽しんでいる。