2009年11月号(第55巻11号)

〇寒い季節になった。寒さへの対策として、人はこれまで多種多様な方法で暖をとってきた。その中で古来より変わらない方法は焚き火であろうか。人類が火を利用した最古の痕跡は、およそ150万年前の遺跡から見つかった火の跡だそうである。旧石器時代には、山火事や落雷などの自然発生的な火を住居である岩陰や洞穴に持ち帰り、枯葉や枝で火を保持して焚き火をしては、明かり、食物に火を通す、動物よけ、石器作りや暖を取ることを目的として利用していたとされる。
焚き火はやがて炉となり囲炉裏となり竈となった。また一方で、個別に暖をとれる道具として、火鉢、湯たんぽ、あんか、懐炉などが作られた。布団に入れて足を暖めるあんかは炬燵の原点であり、またあんかを小型にしたものが懐炉である。
〇古くからの暖房器具で語源を調べると面白いものがある。例えば“行火(あんか)”。「行」という字は旅行などで歩き回ることを示す字であるので、行火とは、他の場所に持ち運べるようにした火という意味である。また、湯たんぽは“湯湯婆(ゆたんぽ)”と書かれるのだが、“婆”は“妻”を意味しており、妻に代わって湯が温めてくれるというわけである。そうであれば、金属性湯たんぽの表面の凹みはもしやあばら骨を模ったものかと思ったところ、蛇腹状にすることで湯の温度とともに低下する圧力の変化によるへこみを防ぎ、さらに表面積を広げることで温熱効果を高めているそうである。中国では“湯婆”のみで湯たんぽを示すが、わが国ではどういうわけか頭にもう一つ“湯”の字がついている。犬公方と呼ばれた徳川綱吉は、陶製で犬型の湯たんぽを使っていたそうだが、これだけは特別に“湯湯犬”とするほうが妥当かも知れない。
〇古くは囲炉裏を囲み座る位置は身分で決められていたそうである。恐らくこれにより人との結びつきや自分の立場が明確にされ、相互扶助の気持ちが強められたのではないかと思う。また、一人でも多く暖を取れるように席を譲ることで、自ずと思いやりの精神も育まれてきたに違いない。一人ひとりの生活が多様化し、時間に追われる現代では、総じて大人数で利用する物よりも一人用の物の方が珍重されるように感じる。多彩に用意されたコンパクトで持ち運び便利な一人用暖房器具も魅力だが、体はもとより心まで温まれる囲炉裏に集う精神が置き去りにされがちなのは淋しい限りである。

(大森圭子)