2009年11月号(第55巻11号)

自問自答

杏林大学保健学部免疫学研究室 田口 晴彦

第13 回Van Cliburn国際ピアノコンクールで辻井伸行さんが優勝したとの吉報が飛び込んできた。日本人が、また、全盲のピアニストが優勝したことは初めての快挙だそうだ。このコンクールは、アメリカの生んだ国民的音楽家であるVan Cliburnを記念して創設された国際ピアノコンクールであり、1962年の第1回以来、多くの奏者を輩出している。ピアノに特化したコンクールとしてはワルシャワのショパンコンクールと双璧をなし、優勝者には賞金だけではなく3年間に及ぶアメリカ国内のコンサート契約を用意するなど、優勝者のさらなる育成に配慮されたコンクールである。
辻井さんは、優勝後の会見で、「とにかく自分の力が出し切れたので幸せです。お客さんが感動してくれたことが一番うれしい。障害者というよりも一人のピアニストとして聴いてくれた手応えがあったので、それがとてもうれしい。」と喜びを語っていた。音大生でありながら演奏家として素直に喜びを話す姿には、周囲の者を引きつける魅力が感じられた。
今、大学には中学・高校と「ゆとり教育」を受けた学生が入学してきている。その是非はともかく、近年の大学生は、一般に、基礎学力とコミュニケーション能力が低下していると感じる。入学後、授業内容が理解できず、教員の言っている意味がわからない学生が少なくない。また、話題に知的刺激を含ませ、議論をおもしろくする能力に乏しい学生が多い。授業終了後、「自分は学生の探求心を刺激する授業をしているのだろうか?」「知識の伝達に力を集中させていないだろうか?」と、自然に自問している。
前述した辻井さんも「ゆとり教育」を受けた世代であるが、その所作は一般的な大学生から傑出している。この両者の差はなぜ生じるのであろうか?ともあれ、どのような学生が入学しようと専門的な事柄を伝達することに終始せず、「〇〇論」として学生が刺激される講義を組み立てたいものである。教える側の教養が試されている。