2009年4月号(第55巻4号)

〇時間の拘束から解き放たれたある休日、千鳥が淵をはすに見下ろしながら土手沿いの緑道をゆっくりと通り抜け、その先にある美術館へと向かった。桜の季節はとうに終わり、その名残すらない土手には、どっしりとした桜の木々が安閑として立ち並んでいる。生憎の曇り空に人影もなく、鬱蒼とした木々の間から差し込む陽光に包まれ、静穏に護られながら、夢を見るように桜の花で華やいだ季節を思い描いた。
辿り着いた美術館では、はからずもあと数日の会期を残す桜の絵画展が行われていた。夢のつづきを見るように大小様々なキャンバスのなかで咲き誇る桜に囲まれ、至福のときを過ごした。

〇4月になると新入社員の姿をあちこちで見かける。新品のスーツもぎこちなく、どこか着られている感があってひと目でそれと見て取れる。電車の中で自己紹介をし合う姿も微笑ましく、通勤時に人通りの多い通路のど真ん中に寄り集まっていてもどこか不安感とけなげさが漂い、大目にみることができる。
出羽国 米沢藩藩主の上杉治憲(鷹山)は、江戸時代の名君と讃えられる。鷹山は自分の立場を民の父母ととらえ「三助」の精神(「自助」、「互助」、「扶助」)で農民と助け合い、自ら倹約をして、相次ぐ不運で財政が傾いた米沢藩の藩政を立て直しを行った人物である。元米国大統領のジョン・F・ケネディやビル・クリントンからも尊敬する日本人として名があがったこともある。
鷹山は「なせば成る 為さねばならぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」をはじめ多くの名言を残していることでも知られる。なかでも人の教え方として「してみせて 言ってきかせて させてみる」があり、山本五十六の「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」や「やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば人は実らず」の言葉は、これに影響を受けたものと言われる。
「いまどきの若い者は とはばかるべきことは申すまじく候」と山本五十六は言っている。“いまどきの”と嘆くことが古くからの習わしならば、年長者の教える心が伝わり、暫くすれば新入社員と青年社員の区別が付かなくなるほど若者が成長を遂げることもまた、古くからの習わしであろう。

(大森圭子)