2009年4月号(第55巻4号)

墨画にのめりこんで

アンコールトムのバイヨン寺院:クメールの微笑

世界遺産で有名なカンボジアのアンコールワット見物に孫娘が友達と2人で行くという。本当は自分で行きたいところであるが、足掛け3日のきつい旅行だというからとても同行は無理とあきらめ、たくさん写真を撮ってきてくれと頼んだ。
アンコールワットから北へ1.5kmのところに、アンコールトムがある。こちらのほうが私の絵になる。9世紀から15世紀にかけ、アンコール王朝が勢力を振るったが、当時王が変わるたびに都を造った。多くの遺跡があるが、有名なのがアンコールワットとアンコールトムである。最盛期の12,13世紀にはインドシナ半島全域を抑えた。アンコール(首都)トム(大きい)は、高さ8m、一辺3kmの外壁で囲まれた都城跡であり、アンコールワットに遅れること半世紀、熱心な仏教信者であった王がバイヨン寺院や王宮を建てた。12kmに及ぶ環濠で周りを取り囲んだ。
城内遺跡の中心がバイヨン寺院である。ここに描いたのは、第一回廊から中央祠堂を望んだところで、林立する塔に「クメールの微笑」で知られる観世音菩薩が彫られている。日本の仏像とは違った面持ちを持っている。
この和紙は、三六(サブロク)版といい188×97cmの大きいもので、テーブル一杯に広げ、太い筆に淡墨をつけて先ず大まかに全体の輪郭を描きとり、次いで墨の濃淡に気を遣いながら一気に全体の大部分を描き上げた。最後に、マングースの硬い毛で作った長さ6.5cmの筆先に濃い墨をつけて仏の眼、鼻、口、ならびに塔の飾りなどを描きこんで、絵にメリハリをつけた。何といっても大きい絵であるので、表具師に頼んで掛け軸にしてもらった。絵の縁の布の色は焦げ茶にし古いイメージをだした。
この絵を描きあげるのに、途中で30分くらいの休憩を取ったが、正味約3時間で一気に描いた。墨絵は、なるべく筆数が少ないほど、墨色が冴えてきれいである。銀座で開かれたわれわれGroup82の展覧会場に、孫娘と友人の2人が見に来てくれた。

絵とエッセイ 藤本 吉秀

大正15年(昭和元年)生まれ。昭和の年号がそのまま年齢になった。

<職歴:内分泌外科医>
もと東京女子医大内分泌外科教授。1987~1989の2年間国際内分泌外科学会会長を務めた。
今は癌研有明病院、日本赤十字社医療センター、調布東山病院で甲状腺診療をしている。

<絵の略歴>
昭和59年、八丈島から贈られた黄色のシンピジウムがとても美しいので色紙に描いてから、季節の草花を色紙に描くのが趣味となった。平成10年、柏市で甲状腺外科検討会がひらかれた時、会場の近くの画廊で色紙の個展をした。
その後、松下黄沙(Group 82)について墨絵三昧。
2人展(平成14年)、12人展(平成16年)をはじめ、春、初夏、秋にそれぞれ各種グループ展に出展。

<運動>
ずっと以前のことになるが、学生時代、一高、東大を通してボートを漕ぎ、昭和24、25年8人で漕ぐエイトで連続全日本選手権制覇。

はじめの1年間は、「色紙に季節の草花を描く」をテーマにして出します。
次の1年間は、「墨画にのめりこんで」として、風景、植物、仏像など何でも取り上げて描きます。