2009年2月号(第55巻2号)

〇今年は暖冬ということで東京は比較的寒さをしのげる気候に恵まれたが、それでも思い出したように冷え込みの厳しい日も訪れる。折しもこんな日に親しい人との集いがあると顔を合わせた途端、「久しぶりに熱燗といきましょうか」と話は早い。

〇燗酒のお酒は醸造酒に限られ、主に日本と中国で行われる他国から見れば一種独特な風習である。
“良いお酒は冷やで”という認識もあるが、冷たさで舌が麻痺するので本当のお酒の味は人肌でこそ分かるもの、という考え方もある。お酒によって“燗映え”といって温めてはじめて味が開くもの、その反対に“燗崩れ”といって温めて台無しになるもの、また生かすも殺すもお燗の仕方次第といったところで、何が一番良いとは一概には言えない。お燗の段階と大まかな温度は、日向燗(33℃前後)、人肌燗(37℃前後)、ぬる燗(40℃前後)、上燗(45℃前後)、熱燗(50℃前後)、飛び切り燗(55℃前後)に分けられる。一方、冷のほうは常温~5℃前後までをいい、冷や(常温)、涼冷え(15度前後)、花冷え(10℃前後)、雪冷え(5℃前後)に分けられる。
「冷や」は故意的に冷やしたものという認識の方も少なくないと思うが、もとは常温というのが標準的な考えであったようだ。常温というのも気候や地域差を考えるとまた微妙である。

〇「酒は燗、肴は気取(きどり)(刺身ともいう)、酌は髱」という言葉がある。気取とは木工用語で、丸太から無駄なく建築材を採材する「木取り」が語源であり、良い素材を無駄なく上手に調理をしたものの意である。髱(つと、たぼ)は元禄時代に流行った日本髪で、後頭部に張り出した髷(まげ)のことである。鶺鴒(せきれい)の尾に似ているものは鶺鴒髱といわれ、日本絵画の雅やかな美人像で目にされている方もあると思う。
お酒はお燗、肴は刺身……さえあれば、お酌は髱でも髭でも手酌でも。

(大森圭子)