2008年8月号(第54巻8号)

〇奥歯に被せてあったセラミックの真ん中に穴が開き、歯科医に行くと、噛み合わせの調整をしないでおいたこと、力加減の個人差、ストレスや不満による歯軋り、食いしばりなど様々な要因があるとのこと。調整をサボったことが悔やまれたが、歯軋りと食いしばりには少々驚いた。“原因はストレス”とか“随分肩が凝っていますね”などと言われると、俄かにそうか自分は苦労をしていたのだ、この人はそれに気づいたのだな、とそれを否めない気持ちになってしまう。しかし口を開いている時間が圧倒的に長い私に自覚はなく、再び治療をしてもらい今のところ事なきを得ている。

〇全国にわたり、乳歯が抜けたときに上の歯を下に投げ、下の歯は上に投げて丈夫な歯が育つように祈る風習がある。地域によってその内容には違いがあり、下の歯を投げる場所は大抵屋根の上のようだが、上の歯を投げる場所は縁の下、雨垂受け、流しの下、溝など様々である。投げる時に唱える呪文にも、丈夫な歯を代表する動物(鼠や兎)あるいは鬼の歯と取り替えてくれ、またはそれより強い歯が生えろ、と唱える地域が多くあるようである。
 世界をみると、アジア各国ではこれと似た内容のようであるが、他では、肉に入れて犬に食べさせる、太陽に向かって投げて捧げる、枕の下に置いて寝ると妖精や鼠や兎がやって来て御礼に贈り物やお金を置いていってくれるなど、夢のある風習がいろいろとあり面白い。

〇平成元年に厚生省と日本歯科医師会が始めた8020運動は財団法人8020推進財団に引き継がれ、21世紀に向けた国民の健康づくり運動として、80歳になっても自分の歯を20本以上保つよう提唱している。20本歯があれば美味しくものを食べることができ、全身の健康に深く関わりがあるそうだ。子供の頃にかけられた歯の魔法には、祈りの形は様々でも、丈夫な歯をもらえるように、との願いとあたたかい気持ちが込められている。つい億劫になる口腔ケアではあるが、魔法が次々ととけていく前に、大切に思う心を思い出さなくては。

(大森圭子)