2008年7月号(第54巻7号)

〇真夏の太陽が容赦なく降り注ぐ黄金色のドームがコバルト色に変わる頃、数年来気に入っているテラスのビアガーデンに今年も足を運んだ。生憎、連日夕刻になると雷と大雨に見舞われる不安定な気圧配置。テラス席に腰を落ち着けて間もなく、お約束のように黒雲がやって来て雨をパラつかせ始めた。例え大雨が降ろうと室内には席を移せず、飲食の料金を全額支払うのがこのビアガーデンの掟。客のためだと言って、雨が完全に止むまでオーダーは許されない。手持ち無沙汰で諦めた客が何組か去り、暫くの間テラスには貸し出された大形の傘の花がポツポツと咲いていたが、ようやく雨は止み、晴れて宴会を再開……が、その時、ストッキングを足がかりに何かが足を這い上がってきた。慌てて振り払い恐る恐る見ると、犯人は何とカナブンであった。

〇カナブンはコウチュウ目コガネムシ科の昆虫で、漢名では「金蚊」。名前に「金」が付くのは、羽根に金属に似た光沢あること、「蚊」のほうは恐らく蚊と同様に「ブーン」という羽音に由来するものと思う。俳句の季語にも使われる代表的な夏の虫に「蝉(虫編に單;象形文字)」「天牛(中国では長い触角を牛の角に例えた。髪切り→カミキリ)」「百足虫(足の多さを例えて百足。足が向かい合うように生えているので向かい手→ムカデ)」「紙魚(紙を食し体を魚のようにくねらすことから)」「御器噛(お椀をかじることから。頭にお椀を被っているように見えることから御器かぶり→ゴキブリ)」などがあり、絶妙な漢字が当てられ、語源も頷ける。

〇幼馴染みに会ったような安堵感で、ずんぐりした姿を懐かしむ私の足元で、仰向けになったカナブンは暫く、宙を歩くように優雅に足を動かしていたが、一寸目を離した隙にあっけなくどこかへ飛び去ってしまった。カナブンは英語では“Drone Beetle”怠け者の甲虫であろうか?昔は昆虫採集の雑魚扱いをされた彼らも、今では都会で見ることは少ない。どうも怠け者がのんびり暮らせるところではなくなったらしい。

(大森圭子)