2008年7月号(第54巻7号)

自然から学ぶ

愛知医科大学大学院医学研究科 感染制御学 三鴨 廣繁

真夏のある日の昼下がり。多忙な教育・診療・研究業務の合間に、「温暖化で地球はどうなるのだろう」「世界で多発する異常気象が人間社会へ与える影響にはどのようなものがあるのだろう」などと少し遅い昼食を学内食堂の窓際でとりながら、小職には似合わないと思われがちな感傷にふけって、あれこれと考えを巡らせていた。そこに偶然に、蝉が飛来したかと思うと、蝉は池の中に腹を上にして墜落した。蝉は、地上での短い一生を終えたのである。成虫になってから一週間ほどでその命を終えてしまう蝉たち。しかし、幼虫として地下で生活する期間を含めると蝉の一生は3~17年(アブラゼミは4~5年)ほどと長く、短命どころか全体の寿命は昆虫類中上位であると言われている。我々は、ともすると蝉のはなやかな地上生活のみに目を奪われがちであるが、蝉は、長い地下生活というどちらかというと地味な下積み生活を経て、地上では、雄は時にはけたたましい程の鳴き声をあげたりして、自分の子孫を残すべく日々努力をしているのである。
俳人の松尾芭蕉は、「静けさや岩にしみ入る蝉の声」という句を詠んでいるが、彼は、蝉たちの長い地下生活にも思いを巡らせ、人生における「努力」や「継続性」の重要性をも句にこめているような気もする。我々の研究生活が「石の上にも3年」という諺の如く忍耐との戦いであることを鑑みると、我々が蝉の一生から学ぶことは大きいのではないだろうか。科学者の端くれとして、常に探究心を忘れず、目標に向かってたゆまない努力を継続するという仕事や研究を始めたころにたてた基本的な姿勢を振り返ることは、今後の人生において非常に意義あることであろう。
現在、臨床検査の分野では、外注化・ブランチ化・FMS化の大きな波が押し寄せ、病院の臨床検査室は存亡の危機に直面しているところもあると聞く。このような時代だからこそ、外注ではできないような診断や治療に直結する臨床医に役立つ検査の導入に加えて、基本に忠実な検査基盤を築くことも求められているのではないであろうか。