2007年10月号(第53巻10号)

〇秋の夜長に見ていたドラマで、労働者が雇い主からの報酬として塩を受け取るシーンがあり、報酬が金・銀ではないことを一寸不思議に思った。ドラマは紀元前の話で創作の部分も多いのであるが、聞けば、この塩の話はまんざら嘘ではない。古代ローマでは、歩兵が報酬として塩を支給されていたそうで、給料:サラリー(Salary)という言葉の語源は、塩を意味するラテン語“Sal”が元になってできた言葉だそうである。

世界各国では、塩湖や岩塩からの製塩が主流であるが、岩塩鉱山もなく四方を海で囲まれた我が国では、海水から塩を作る独自の製塩方法が発達した。我が国は湿度も高く、海水(海水の塩分濃度は約3%)を蒸発させるのには適していないことから、まずは濃い塩水(鹹水)を作りこれを煮詰める(煎熬)ことで、塩を得る効率を良くすることが肝心であった。万葉集に登場する枕詞で「藻塩焼く」というのは、浜に流れ着いた海藻に何度も海水をかけて天日乾燥させ、藻にできた結晶を甕に溜めた海水で荒い落とし、濃い塩水を作ってから煮詰める製法や、海藻を燃やし灰にしたものを海水に溶かして、濃い塩水を作り、海藻の養分も含めて煮詰めて塩にする製法だといわれている。

塩は人間が生きていくためになくてはならないもの。そのため、政治・経済の場でも重要な役割を担い、政略や財源確保の手段として利用されてきた。一説によると「忠臣蔵」で有名な吉良上野介義央と浅野匠頭長矩の刃傷沙汰の原因も、吉良家所領の饗庭塩と浅野家所領の赤穂塩の製塩法の探り合いや献上塩をめぐる諍いであったともいわれている。

藻塩焼く煙も霧にうづもれぬ
須磨の関屋の秋の夕暮れ  慈円

思いのほか早くすっかり日が沈んでしまうと、日中の爽やかな秋風が肌寒く感じる頃となった。気がつけば11月も目前、うっかり風邪を召されませんよう、どうかよい塩梅でお過ごしください。

(大森圭子)