2007年9月号(第53巻9号)

〇荻の声こや秋風の口うつし 芭蕉
秋風にそよぐ荻の穂の音は秋風の口写しであろう、という句である。ひゅうひゅうと穂がそよぐ音は清くはるかにいきわたり、秋風にさらされた人々の心と体をもはかない荻の穂に同化させてしまうようにも思える。荻は「風聴草」の異名をもつ。人は古くより、荻に吹く秋風の音に強く心を動かされていたようである。ほかにも「寝覚草」、「目覚草」という名前もあり、現代人に比して、古人の眠りはよほど静寂が守られていたのに違いない。

オギという名前は、招=おぐという言葉に由来しているとされ、魂を招くように揺れ動くさまから名づけられたともいわれる。万葉集の植物のなかにも「をぎ(荻、乎疑)」が登場するが、乎疑という文字からもあやしく呼び寄せる様子がうかがえる。湿地帯に一面の荻の穂が揺らぐさまを見ていると、荻の群生地は霊界へと続く境界であり、背の高い荻の群れにいったん足を踏み入れればもう元へは戻れないのではないか、と勝手な想像をめぐらせて背筋が少し寒くなった。

荻は、イネ科・ススキ属。薄(ススキ)に良く似ているため区別がつきづらいが、荻は薄より背が高く、穂が大きいことが特徴。また、薄は株で生えるのに対し、荻は株状にはならない。とはいえ、荻と薄を並べてみない限り、その違いを見分けるのは難しそうである。

〇「水中の健康関連微生物」シリーズは本号の掲載をもって終了させていただきます。第52巻(2006)3月号より連載を開始しましてから、16回の掲載を数える壮大なシリーズとなりました。本誌での“水”に関する大きな特集は初めてのことで、水を通じた人々の健康についておおいに勉強させていただく機会となりました。本シリーズのご企画・ご執筆等で大変お世話になりました“水中の健康関連微生物研究委員会”の先生方に心より感謝申し上げます。

(大森圭子)