2007年4月号(第53巻4号)

〇日々お世話になっている本誌の製版・印刷会社の方が、校正刷りを小脇に抱え、タオル片手に汗を拭き拭きやって来るようになった。自他ともに認める“汗っかき”の担当者は、早くもこの時期からタオルが手放せないらしい。例年のことなので、編集室にとって、これはもう立派な季節の風物詩である。季節の移ろいにはっと気づかされることがあるが、何かと慌しく過ごしているのは自然とて同じことである。強風や雨や突然の冷え込みにまだまだ油断はできないものの、夏を思わせるほどに気温が上がり、得をした気分でのびのび過ごせる日も多くなってきた。自然の恵みに感謝するこの頃である。

〇天気のよい日曜、期待に胸を膨らませ、ある編集スタッフのお墨付きの町、埼玉県・川越市に足をのばした。

1457年、上杉持朝の家臣であった太田道真・道灌父子によってこの地に川越城本丸御殿が築かれ、城下町が発達したそうで、川越街道や新河岸川による舟運など、江戸と直結し盛んに物資の流通が行われたことから、“小江戸”と呼ばれるまでに繁栄したところである。今でも江戸の風情が色濃く残っている。ここは古くから、人々の生活によほど適する地形であるらしく、古代人の居住跡や古墳などの遺跡も多くみられるそうである。

川越駅からぶらぶらとまずは城下町の中心となった“札の辻(幕府からの法令・禁令などが書かれた高札が立てられた場所)”方面に向かい、黒土蔵の商家が立ち並ぶ“蔵の町並み”を目差して歩き始めた。しかしすぐにも、どこからともなく醤油の焦げた良い香りが…。すかさず団子屋を発見し、醤油をつけ焼きしたみたらし団子を購入。団子屋に一番近い神社の境内の石段に腰掛けて頬張った。しかしこの行為は決して食い意地ばかりではないのである。“みたらし”の語源は“御手洗”であり、神社にある手や口を清める泉水の意味である。古く団子は厄除けの目的で売られていた食物、はからずも今回の散策の無事を祈念したことになった。

おかげで無事に蔵の町までは到着したのだが、さすが商人の町、漬物屋、酒屋(「鏡山」が有名)、乾物屋、豆腐屋など魅力的な商家が立ち並ぶ。さらに少し脇道に入れば“菓子屋横丁”といって賑々しく駄菓子を販売する店舗が所狭しと軒を連ねる。この時点で土産用に持参したバッグは一杯、すでに足どりも重い。

すっかり疲弊した我らは、肝心の川越城本丸御殿はおろか、釈迦に随従していた500名の聖者の石像“五百羅漢”を安置する有名な喜多院にも到達できず、後ろ髪引かれる思いで帰路についた。史跡の素晴らしさをご紹介できず申しわけありません。

(大森圭子)