2004年5月号(第50巻5号)

〇パラパラと小雨がちらつくある休日、世田谷美術館で開催されている「小磯良平展」を観に行った。この日は会期の最終日であったが、雨のせいかほどよい人の入りで、ゆったりと会場を回る事が出来たのは幸運であった。会場に入ってまず目についたのは「T 嬢の像」である。着物姿の美し若い女性が、ソファの肘掛に両肘を乗せてゆったりと腰をかけている。なよやかでありながらも、薄紅色に色づいた彼女の頬は活き活きと輝き、少し横を向いてどこかを見遣る表情からは、内に秘めたる何かひたむきな思いが強く感じられた。

〇小磯良平は明治36(1903)年、貿易商の家庭に生まれ、異国の空気漂う神戸の町で育った。大正11(1922)年、東京美術学校・西洋画科に入学、大正15(1926) 年には、この「T 嬢の像」で帝国美院美術展覧会の特選に輝いた。当時、23歳という若さ、しかも在学中の受賞は異例であったそうである。東京美術学校卒業後には欧州に滞在し、ドガ、マネ、フェルメールなどの巨匠の作品を鑑賞、このとき各地の文化に触れたことで彼の感性はいっそう磨かれたようである。

〇それにしても絵のなかのT 嬢は恐ろしく魅力的で、随分長い時間うっとりと見とれてしまった。にわかに自分も女性のはしくれであったことを思い出し、悔し紛れに「現代にはこういう女性はもう居ないわよねぇ~」などと結論づけてその場を離れたものの、もしも現代版T 嬢がご近所に現れてしまったらこれはもう脅威である。

(大森圭子)