2022年5月号(第68巻5号)

〇どんなに小さな木々からも、余すことなく一斉に新芽たちが顔を出した。成長した若葉たちは、前を通り行く人たちの気を引くように、明るい日差しを葉身に乗っけては、風にその身をそよがせてキラキラと輝いてみせている。気持ちの良い晴天の日は何か特別なご褒美をもらったように嬉しく感じられるのも雨の日があってこそ。上機嫌に見える若葉たちも同じように思っているのだろうか。
〇ある日仕事から帰ると、玄関ドアの脇に表札のようにぴったりと身を張り付けているアゲハチョウの幼虫に気付いた。ほとんどの虫は苦手だが、綺麗な緑色に白い斑点、コロコロと太って愛嬌のあるイモムシは可愛い。一体なぜこんなところに?と気の毒に思ったが、「明日になったら木の枝に返してあげるからそこで一泊して」 と目で伝えた( つもり)。
 翌日、ドアを開けてみると幼虫の姿はない。以前、恐ろしく大きな何かの幼虫が木を荒らすので、出かけついでに恐る恐る離れたところに捨てたところ、私より早く家 (木) に戻っていたことを思い出し、アゲハチョウの幼虫にも帰巣本能があるのかなと思った瞬間、薄茶色の蛹に姿を変えた彼女 (彼?蛹の尾端部の少し上の横線の中心に、縦筋があるのが雌、ないのが雄であるそうだ) を見つけた。卵からかえった1 齢幼虫は4 回脱皮する。4 齢幼虫までの姿は、外敵を欺くためか鳥の糞を模したような白黒のまだら模様だが、終齢幼虫ではいわゆるアオムシの姿になり、やがて蛹になる。蛹の色には緑や茶色があり、蛹になる場所や季節によって異なるという。
 一見、何の変化も無いように見える蛹だが、そのなかでは幼虫から蝶になるために、ほとんどの部位がすごい勢いで作り直されている。例えば、沢山あった足の筋肉は溶けて翅などを作る栄養に使われるのだとか。暖かい時期では羽化までに7 ~ 10 日ほどかかるというが、かなりのデリケートな時期であるに違いない。
 蛹になる場所としてなぜそこを選んだのかはわからないが、折しもドアの調子が悪く、勢いよく閉まるので修理を頼もうと思っていたところ。無事に蝶となって飛び去る日まで、暫くは超高性能なドアクローザーの役割が、自らに課せられた重要な任務となった。

(大森圭子)