2021年11月号(第67巻11号)

〇さまざまな天気を一つの容器に入れ、中途半端にかき混ぜたように、見る方角によって空模様の加減が異なるような、空。11 月は秋と冬が入り混じる季節である。そうでなくとも不安定な天候のところ、先日は明け方に大雨と大風に見舞われ、大きな音を立てて窓にたたきつけられる雨音に目覚めた。自然と人とは暗黙の約束があるかのように、お互いバランスを取りながら暮らしてきたが、その約束が破られることも多くなった。その日の雨音は、先に約束を破ったのは人のほう、と抗議でもするような、これまでに聞いたこともない恐ろしい雨音に聞こえた。
〇この季節になると、友人からお手製の野沢菜漬けをいただく。名産地の長野県ではない東京っ子だが、野沢菜のよしあしを見極める目と秘蔵のレシピを編み出したらしく、いつもとても美味しい。漬けて間もない頃からケチケチ食べていると、徐々に緑色からべっ甲色に変わり、味も変化して楽しい。
〇野沢菜漬けは長野県の郷土食。農林水産省「 うちの郷土料理」 によると、寒さが厳しくなり青ものが取れなくなる冬に向けて、晩秋になると大量の漬物が仕込まれたそうだ。ちなみに野沢菜の種まきは9 月、収穫は10 ~ 12 月にかけて。今では、近年の流通の変化により、お土産用として野沢菜が大量生産されるなど、保存食としての目的とは変わってきている。
 この地域の漬け菜には、野沢菜漬けの他にも 「稲核菜 (いねこきな)」 「源助かぶ菜」 「木曽菜」 「羽広菜」 など幾つもの種類があり、どれもアブラナ科のカブの仲間で、それらを漬けた物は 「お菜漬け」 と呼ばれる。どこでも手に入る野沢菜以外はどれも聞いたことがない名であったが、調べると、その土地土地で由来や特徴などについてきちんと情報がまとめられており、地元の方々の、大切に受け継いでいこうというあたたかい気持ちが感じられた。
〇言い伝えによれば、野沢菜は、長野県野沢温泉村の薬王山健命寺の住職が、京都遊説の際に 「天王寺かぶ」 の種を持ち帰ったことがはじまりとされる。天王寺かぶは、大阪府が定めている 「なにわの伝統野菜 (概ね
100 年前から大阪府内で栽培されてきた野菜であることや、苗、種子等の来歴が明らかで、大阪独自の品であることなどの基準を満たすもの)」にも挙げられている大阪発祥の野菜。住職が種を持ち帰り、環境の違う寒冷地に植えたことで突然変異を起こし、今の野沢菜の姿になったという。科学が進んだことでこれを否定する説もあるが、こういう味わいのある話もぜひ残していって欲しい。
 野沢菜は漬物になってからの姿しか見たことがなかったが、聞けばかなりの背丈があり、長いものでは1 メートル近くもあるそうだ。幾つになっても知らないことはまだまだあり、最近の子供が、お魚を切り身でしか見たことがないという話で笑ってもいられないのである。

(大森圭子)