2021年4月号(第67巻4号)

〇4月、多くの人が新しい一歩を踏み出す季節でもある。この時期になると、新しい門出に彩を添えるように、あちこちから小さな若葉たちが一斉に顔を出す。小指の先ほどに小さな無数の若葉たちがみるみる空間を埋めていき、完璧な春の景色に仕上がっていく様子は、目に見えない画家が美しい点描画を描いているようでもある。
 初めは何の葉か見分けもつかなかった小さな若葉たちが、やがて自分は何者であるかを悟ったかのようにとりどりの葉を広げ、時に優しく、時に厳しい季節に抗うことなく寄り添うようにして移ろっていく姿はどこか人の成長にも似て勇気を貰えることもある。人も自然の一部であるからか、自然が与えてくれるどんな小さな発見も、見方によっては人の手本や励みになるように出来ていることを有難く思うのである。
〇4月28日は、日本で初めて缶ジュースが発売になったことを記念する「缶ジュース発売記念日」だそうである。
 「スチール缶リサイクル協会」のホームページによると、わが国の缶詰の製造は、1871 年にフランス人からイワシ油漬缶詰の製造法を伝授されたことに始まり、1877 年には商業用として北海道でさけ缶が製造されるようになった。
 ここから80 年近く経った1954 年に、わが国初の缶入りのオレンジジュースが発売された。当時の缶は堅いブリキ製であったため、缶の上部には、おもちゃのような梃子式の小さな缶切りがついていて、それを使って、飲むための穴と空気穴の二つの穴をあけて飲むのが決まりだった。
 1810 年にイギリスのピーター・デュランドの発明によって缶詰が誕生したが、缶切りが発明されたのは1858 年のこと。この間、約半世紀にわたり、ナイフやドライバー、ハンマーとのみなどで缶詰を開けていたそうである。当時、缶切りは画期的な発明であったと思われるが、今や缶詰はプルタブを引けばフルオープンとなるタイプが主流となり、缶切りが登場する場面も少なくなった。一方、缶ジュースでは、アルミ製のプルタブが小さな缶切りに取って代わり、このプルタブの投げ捨てによるゴミ問題を解決するべく、30 年ほど前にプルタブを起こしても缶から離れないようにしたステイオンタブ式に進化を遂げている。
〇ジュースに付いた小さな缶切りやはずれるプルタブなど、これに代わる便利な道具を手にすると、昔のことは忘れてしまいがちである。
 例えば、手動で回す球形の洗濯機、炭火アイロン、洗濯板、ねじ巻式の蓄音機や柱時計、ハンドルを回して電気を起こす電話、ほうきやはたき、ちり取り等々、ひと昔前には動力を自力に頼ることが多く、何かと不便であったと思う。それでも今と変わらない幸せな暮らしがあったことを思うと、ときには昔の暮らしに思いを馳せて、昔の人の叡智を知り、便利が幸せと思いがちな自分の暮らしを見直す良いきっかけにしたいと思う。

(大森圭子)