2021年1月号(第67巻1号)

〇明けましておめでとうございます。
 昨年はコロナ禍の下、日々の暮らしには常に疲労や不安がつきまとい、心身ともに休まる暇のない1 年となりました。病魔には、新しい年という概念も、ねぎらいの心もなく、昼夜を分かたず容赦のない攻撃を続けています。かたときも癒されることなく、お疲れの限界をとうに超えてもなお、病と闘う毎日をお過ごしの医療関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。
 暗闇の中でこそ、一筋の光の有難みを感じられるように、新年のお便りに添えられた「2021 年がいい年になりますように」のいつも見慣れたひとことが、これほどまでにあたたかい言葉であったことに今年初めて気づかされました。皆で苦労をともにした後には、いつでも心を一つにできるという自信をバネに、より良い社会が生まれることに期待したいと思います。
〇1 月の行事には鏡開きがある。神様が家々に訪れているとされる「松の内」の期間があけると、お供えしていた鏡餅を開いて食べ、一年の無病息災を祈る。刃物は使わず、木槌で割るのが正式だが、「割る」は縁起が悪い言葉なので、「開く」を使う。
 松の内の期間は、地方によって1 月4 日や15 日などの違いがあるが、7 日とする地方が多く、この地域では1 月11 日に鏡開きを行う。江戸時代には、「餅網や餅網や」の呼び声で「餅網」を売る行商が15日以降に現れ、それが正月仕舞いの印でもあった。
餅はその日に食べず、餅網で吊るして乾かしておき、日の長い夏になったら揚げてお茶うけにするために蓄えていたようである。
 しかし、鏡開きの餅の定番と言えばやはりお汁粉である。お汁粉に使う「小豆」は、赤いの「あ」と崩れやすいという意味の「つき・ずき」を語源とし、すぐに煮える豆を意味するという説や、「赤粒木(アカツブキ)」が訛ったなどの説がある。神社の鳥居や女性の襦袢など、赤色には魔除けの力があるとされ、神の力が宿った餅と小豆の魔除けの力とが相俟ったお汁粉が鏡開きの定番となった由来のようである。
〇江戸時代には、「正月屋」の名前で、お汁粉や雑煮を売り歩く行商人もあった。おしゃれなお菓子が溢れている今と違い、関東大震災前までは、東京の路地裏などに「しるこ屋」が数多くあったようで、甘味といえば「しるこ」が花形であったのだろう。
 小説家 芥川龍之介は、自らが認める下戸で甘党。「しるこ」と題する随筆まで残っており、そのなかでお気に入りのしるこ屋が震災で消失したことについて「これは僕等下戸仲間の為には少なからぬ損失である。のみならず僕等の東京の為にもやはり少なからぬ損失である。」と記しているほどである。俳人久保田万太郎と芥川との間でも、しるこは、飲み物か食べ物かの検討がされたという記録も残っており、最近の「カレーは…」の話を思いだして、微笑ましかった。

(大森圭子)